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学園のアイドルと義理の兄妹になった件について
あらすじ
放課後。体育館裏。目の前には学園のアイドル天空橋葉月。ありえない、とは思いつつも、甘酸っぱい青春の1ページの幕開けを心のどこかで期待してしまう俺に向けて彼女は言った。
「今日から家族なんだから、仲良くしようよ」
……え? なに? どういうこと? 天空橋の父親と俺の母親が再婚して、家族になるって!?

目次
01:天空橋葉月の告白
02:よろしくね、甲洋お兄ちゃん
03:えへへ、来ちゃった
04:葉月って呼んで?
05:待たせてごめんね、お兄ちゃん?
06:はい、葉月って呼ぼうねっ
07:こ、これが……甲洋くんの……
08:よく言えました、甲洋っ
09:わがままを一つ、言ってもいいかな?
10:不意打ちはダメ!
11:それがストレスなんだよっ
12:これだけは言わせて?
13:お兄ちゃんって呼んであげようか?
14:……でもね、妹も大事だと思わないかな?
15:……あんなの見たら、じっとしてらんないよっ
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15:……あんなの見たら、じっとしてらんないよっ
「クラス委員から連絡があるんで、みんな注目してくださーい」

 三時限目。所は校庭。四月も中旬となり、肌寒さが徐々に消えていく代わりに春の陽気が増してきて心地よい時期だ。外に出るにはもってこい。
 今日の授業は体育ということで、二年B組のクラスメイト達は各々体操着やジャージに着替え校庭に集合していた。

 当然、クラス委員として俺の隣に控える葉月も、普段のブレザーを脱ぎ捨ててジャージに着替えている。
 抜群のスタイルを誇る葉月は、すらりと伸びた健脚も、聳える双丘も、等しくえんじ色の衣で覆い隠している。だがしかし、その圧倒的な胸部の獣はジャージという分厚い衣に覆われてなおその存在感を全方位にアピールしており、その破壊力を視覚でもって知らしめていた。

 ……俺は変態か?
 かぶりを振って、クラスメイトの注目が俺に集まったことを確認。

「ごほん……今日の体育は先生が休みのため自習ということになりました」

 咳払いで、さっきまで脳内リソースの半分以上を占めていた光景をリセットする。
 そのまま俺は、つい先ほど職員室で言伝を受けた内容をクラスメイトに語った。

「よっしゃ!」
「よかったー! メイク崩れないで済む!」
「だいたい今どき長距離走なんて授業でやらないでくれよ」
「わかるー。球技のほうがよっぽど楽しいのにね」

 俺からの報告を受け、クラスメイト達が思い思いの感想を述べる。
 ほぼ全員が自習の到来を喜んでいるようで、皆のテンションが目に見えて上がっているのがわかった。

 なにせこの伝言が判明するまで、彼らに待ち受けていた体育の授業は長距離走だったのだ。そのため、皆さっきまで死にそうな顔をしていたのだが、それが徐々に生気を取り戻していく様に、思わずこみ上げてくる笑いを抑えきれない。
 みんな自分の心に正直すぎる。いや、そこがいいところなのだろうと思うけれど。

 ちなみに皆が集合して形を成している一団の端っこに立っている榛名は、どこか安心したような顔を見せていた。あいつは基本体育が苦手だし、スタミナがないから、長距離走は大の苦手なのだ。

「なあなあ、月守ちゃん」
「ん? 月守ちゃんって俺のこと?」
「そりゃそうっしょ。でさ、自習って何してもいいのん?」

 榛名を眺めながらそんなことを考えていたら、初耳のあだ名で俺を呼ぶクラスメイトがいたので視線をそちらへ向ける。

 明るい雰囲気と軽いノリ、そして金髪。いかにも高校生活をエンジョイしていそうな山名くんだ。
 クラスの中心人物とも言える彼は、スポーツ刈りのイケメン男子川藤くんを始めとしてよく一緒にいる友人たちを背に、体育の自習範囲を問うてきていた。
 他の体育科の先生から聞いた内容は『B組担当の先生が休み』『授業は自習』『怪我には気を付けること』の三点。
 俺の傍らに控える葉月と視線を交わし、俺は口を開いた。

「怪我しない程度になら何でも自由でいいと思うよ」
「よっし! さんきゅ、月守ちゃん!」

 言うが早いか聞くが早いか、俺の言葉を受けた山名くんは小さくガッツポーズを見せて背後の友人たちの元へ駆けていく。「自由らしいからドッジボールやろーぜ!」なんてテンション高めに語る山名くんを見ていると好感を抱かずにはいられない。感情表現が豊かな人は見ていて気持ちがいい。それにいいよねドッジボール。俺も好きだ。

 いわゆるクラスの人気者という立ち位置にある山名くんとその友人たちの勢いに巻き込まれるかのように、香椎や榛名、その他のクラスメイト達もバラバラに彼らの背を追っていく。今日の二年B組の体育自習は誰も異論を唱えることなくドッジボールに決まったらしい。
 クラス委員である葉月の動向を気にして視線をチラチラとこちらに向けてくるクラスメイトもいたが、彼らもクラス全体の流れには抗うことなく、山名くん軍団のほうへと足を向けていった。

 俺と葉月を除くクラスメイト全員が移動し始めたのを見届けて、俺たちも彼らの背中を追って移動を開始する。

「ふふ……月守ちゃんかぁ」
「え?」
「男の子は仲良くなるのが早いよね。私はちょっと長くかかっちゃったけど」
 
 少し歩き始めた後、隣を歩く葉月がそんなことを言った。彼女が言っているのは先ほどの俺と山名くんのやりとりのことか。

 山名くんの俺に対するあの距離感は、良くも悪くも男子と女子の違いというか、同性の遠慮のなさがそうさせるものだと思うけれど、彼とはそもそも友達になれているかすら怪しい。
 一方の葉月とは、文句なく友達になったと言っていいだろう。
 友達以前に家族なのだけど、少なくとも普通のクラスメイトよりはよほどハイスピードで仲良くなったはずだ。
 だから――、

「自惚れじゃなければ、俺、天空橋とは山名くんよりもっと仲良いと思うよ」
「……。甲洋くん、今のは80点あげたいけど、70点だね」
「なんで俺、言動に点数つけられてるの……」

 しかも微妙な点数だ……。

「100点の答え合わせする?」
「……いや、予測はつくよ」

 少し腰をかがめて、こちらを覗く葉月の表情はいつもの悪戯めいた笑み。
 もう俺には葉月が求めている答えが分かってしまうし、それを答えたいという欲求に抗えない。それが男子の心の弱いところというか。
 きっとわかってやってるよね、この義理の妹は。何もかも。

 ちら、と視線を周囲に走らせる。
 俺の言葉が届く距離にクラスメイトはいない。
 ふぅ、と息を吸い込み一言。必要なのは断言。そしてちょっとの親密さ。

「俺がクラスで一番仲が良いのは、間違いなく葉月だよ」
「うん、100点!」
「ただし榛名を除く」
「……甲洋くん、そういうのはわかってても言わないんだよ。90点」
「ごめんごめん」

 喜色満面から頬を膨らませてジト目でこちらを睨むという器用な表情芸を見せてくれた葉月に笑いを返しつつ、クラスメイト達が待つ校庭のスペースへ足を運んだ俺の視界に映ったのは――、


「……月守、天空橋さんと距離近すぎねえ?」
「羨ま……けしからんな」
「はづきんと近い……許せないんですけど……」
「甲×榛以外ありえない……」

 
 ――嫉妬や疑念、様々な黒い感情に満ちた視線で俺を射抜くクラスメイト達の姿だった。迂闊。
 さっきの葉月とのやり取り、声が聞こえてないのは確かだろう。
 だけれども、俺と葉月が仲よさげに話している姿は当然目に入るよな、そりゃあ。
 うん……俺、迂闊守甲洋に改名したほうがいいかもしれない。

「あはは……こ、月守くんが言ってた意味、ようやくちょっと、わかったかも」

 クラスメイトの瞳が湛える色に、俺が再三語っていた内容を思い至ったのだろう。葉月が若干の申し訳なさを滲ませた呟きを漏らす。
 うん、葉月がわかってくれてよかった。できればずっと覚えておいてね。
 あと。あとね。最後に聞こえてきた声、幻聴だよな。
 幻聴だと思いたいけど、そこんところどうなのかなそこの三つ編み眼鏡女子さん。


 * * *


「じゃチーム分けしよーぜー」

 体育倉庫からハンドボールを持ってきた山名くんが手慰みにぽんぽんとボールをドリブルしながら、クラス全員に向けて言う。
 二年B組、今日の体育は全員参加型のドッジボール。クラス内での立ち位置問わず、クラスメイトが全員乗り気なのは山名くんのムードメイク能力によるものだろうか。尊敬に値する。
 
「俺、月守と敵チームで」
「僕も」
「あっ、私もー」
「おっ、みんなも? おれも月守ちゃんが相手のほうがいいなー」

 訂正。
 山名くんのムードメイク能力が全員をやる気にさせたんじゃない。
 これは学園のアイドル天空橋葉月と仲良さげにしてる月守甲洋という共通の敵を見つけたがゆえの嫌な団結感によるものだ。
 みんな自分の心に正直すぎる。全然よくないよ!

 山名くんを始めとした面々がギラギラと瞳を輝かせながら俺の反対側に集まっていくのを見ていると、改めて葉月の人気ぶりを感じずにはいられない。
 ……っていうか俺目の仇にされすぎじゃない!?

 もはや場に存在するのは対月守甲洋チームとして結成された山名チームか、哀れ月守チームの二つだけである。どうしてこうなった。

「はは、味方がいないようだな甲洋」
「は、榛名……」
 
 クラスメイトからの容赦ない視線に晒されて傷心の俺に追い打ちをかけるかのように、皮肉気な笑みを浮かべた榛名がやってくる。
 
「安心するといい。僕は君の側についてあげようじゃないか」

 榛名は基本運動神経がよろしくない。こういう球技系では大抵コートの端っこにいるのだが、美男子ゆえに女子の注目を集め、それにイラついたほかの男子にラフプレーの標的にされかけることがままあった。
 まあ、コートの隅でぼんやり立ってるだけで女子の応援を一身に受ける男がいたら、同じ男としていい気分がしないというのもわからないではない。
 かといってそのイライラを榛名にぶつけるのは間違っていると思うけれど。

 そういう経緯もあり、俺は体育などでチーム分けがされる場合、大抵榛名と同じチームに入り、榛名をファウルから守っていたのだった。中学時代からずっとこうです。

「……多分山名くんチームの方がボール飛んでこないぞ」
「じゃあそっちにしよう」
「ああ嘘です! 榛名が味方で嬉しいです!」
「初めからそう言うんだな、まったく……」

 ついからかってしまうが、榛名がこっちについてくれるのは素直に嬉しい。
 どこか満足そうに鼻を鳴らす榛名を見て、持つべきものは親友だなと俺は深く頷いた。
 でも俺たちのやり取りを見て鼻の下伸ばしてる女子がいるんだけど榛名くん気づいてる?

「柳生くんがいるなら私はこっちかなー」
「うちも」

 榛名が所属した効果で、月守チームにも数人女子が加入する。
 そんな様子を見て山名くんチームの男子がより一層月守チームへの敵愾心を燃やし始めたような気がしたが、気にしないことにする。

「……んじゃ、あたしもかわいそうなツッキーサイドについてあげよう!」
「いらない」
「即断即決すぎじゃない?」

 続いて俺側への参加を表明したのは香椎。別に彼女の助力は欲していないのでノータイムで断ったら、あまりのハイスピード棄却が不満なのかこちらににじり寄ってきた。近い。いい香りがする。
 落ち着け香椎、と身振りで示したのちに彼女から半歩体を引き、俺は彼女に向けて語る。

「香椎。俺は香椎とはよきライバルでありたいと思っている。だからぜひ敵であってくれ」
「えっ……ツッキーあたしのことそんな風に考えて……」
「ああ。敵なら遠慮なくボールぶつけられる」
「敵でも遠慮してよ! あたしだって女子なんだけど!?」

 毎度毎度俺のことをからかってくる女に遠慮する道理がどこにあるというのだ。
 なおも香椎はぎゃーぎゃー喚いていたが、結局こちらサイドから移るつもりは毛頭なさそうなのでそのまま月守チーム所属となった。

「香椎さんがいるなら……」
「こっちでもいいよな」

 榛名と同じように、香椎も結構な綺麗どころである。そんな彼女がこちらについた効果もあってか、数人の男子が月守チームに加入した。
 ……味方の顔の力だけで仲間を集めてるみたいな気がしてしまうけど、気にしないことにする。
 
 さて。あと所属を明確にしていないのは中立の葉月を始めとした数人しかいないのだが……。
 中立派の面々を見ると、彼らはどうも横目で葉月の様子を伺っているように見えた。

 ああ、わかった。中立派っていうか、こいつらただの天空橋ファンクラブだな。
 月守甲洋憎しの感情に踊らされるより、天空橋葉月の傍らにあることを選んだ、ある意味ではもっとも純粋なやつらなんだ……。
 だから、葉月が入るチームを決めればすぐに彼らも追従するはずだ。

 しかし、葉月は山名くんチームと月守チーム、どちらに入るのだろう?
 先ほど、彼女は自分の影響力を自覚したはずだ。
 だからきっと、バランスをとるために山名くんチームに入るのではないかと思っている。俺にとってはそちらのほうがありがたい。
 その理由としてはもちろん、俺に向けられる視線の鋭さを少しでも緩和したいという思いがあるけれど。
 それよりもなによりも、これから始まる競技種目はドッジボールである。

 葉月が同じチームだと、彼女を守りたくて仕方がなくなる。

「うん、決めた。……わたしも月守くんのチームに入るね」
「うぇっ」

 そんなことを考えていたのに、葉月は俺の思いを裏切るかのように月守チームへの加入を決めた。
 当然ながら山名くんチームの面々の視線がより剣呑なものになり、何なら天空橋ファンクラブの面々すらこちらを睨みつけているように見えた。わぁ、胃が痛い。

「あ、あの、考え直さなくていいの天空橋……」
「考え直す余地はないよ、月守くん」

 一縷の望みをかけて葉月に問うも、ぴしゃりと一言。

「……あんなの見たら、じっとしてらんないよっ」

 そして葉月は、俺にだけ聞こえるように微かな声でそう呟いた。

 ……あんなのってなに?
14:……でもね、妹も大事だと思わないかな?
「はい、お待ちどうさま」

 ある日の夕飯時。俺はお手製の唐揚げをたっぷり乗せた大皿をリビングのテーブルへ載せた。
 席に着いて俺がメインディッシュを運んで来るのを待っていた葉月が、その目を輝かせる。

「甲洋くんが揚げたんだよね? 美味しそう」
「ありがとう」

 邪念なく純粋にこちらを褒めてくれる葉月に、こちらも嬉しくなってしまう。

 葉月との二人暮らしが始まって、家事は分担しようという話になってからひと月近く。
 料理も当然家事のうちに入るので、分業のはずだった……のだが。何かと葉月にばかり作ってもらってしまっていたので、今日ばかりは俺が作ると言ってキッチンを使わせてもらったのだ。
 母子家庭だったこともあり、こう見えても俺は一通りの家事はできる。料理も嫌いではないし、葉月にはいつもお世話になっているぶん、俺の料理を食べてもらいたいという気持ちがあった。

「昨日からタレに漬けてたからいい感じになってると思う」
「楽しみだなぁ」

 そう言う葉月をあんまり待たせても申し訳ない。
 既に白米や味噌汁も揃っているテーブルを確認し、俺も定位置である葉月の正面の席に座った。
「いただきます」の声を同時にかけ、俺たちはそれぞれ今晩の夕食に箸を伸ばす。

「さっそく唐揚げもらっちゃうね?」
「どんどん食べてくれ。なんならおかわりもある」
「あはは……食べすぎるとそれはそれでピンチなんだけど……」

 苦笑いしながら俺謹製の唐揚げを箸で摘んだ葉月が、口元にそれを運んでいく。
 可愛らしく口を開けて、もぐ、とひと噛み。あんまりじっと見つめすぎるのも失礼なのでここら辺で視線を外すが、葉月からの評価は気になる。
 なんせ彼女の料理も相当に美味しいのだ。美味しい料理を作ってくれる葉月の舌に適う唐揚げが出来上がっていれば良いのだが。

「……おいひい」
「え?」

 くぐもった葉月の声に目を向けると、彼女は慌てたように口内の鶏肉を飲み込んでから笑って見せた。

「すっごく美味しいよ、甲洋くん!」
「おお……そう言ってもらえてよかった」
「外はサクサクだし中はじゅわぁって……甲洋くんもお料理上手いんだねっ」

 よかった。俺の唐揚げは葉月に満足いってもらえたようだ。
 葉月に褒めてもらえると、本当に嬉しくなってしまう。

 今日の晩御飯は、こうして和やかに終わる――と、その時の俺は思っていたのだ。この時までは。




 ブーッ、ブーッ、と、テーブルの上に置いていた俺のスマホが断続的なバイブで何かしらの着信を知らせたのは、俺たち二人が食事に手をつけてから十分後くらいのことだった。

「着信?」
「だな」

 首を傾げる葉月に、俺は頷いて答える。
 言外に見なくていいの? と問うているようでもあったが、今は食事中だし、何より誰からの着信かはなんとなくわかっているのだ。
 わざわざいま相手をする必要もないな、と判断する。

「どうせ香椎からだろうし、後で返すよ」

 香椎に絡まれてから数日経つ中で、なぜか俺は香椎とメールアドレスを交換し、頻繁にメッセージを交わす仲になっていた。
 といっても、俺から香椎にメッセージを送ることはまずなく、向こうから一方的にメッセージが飛んでくるだけなのだが。

 届く内容は「葉月とよろしくやってる?」だとか「葉月元気?」だとか「葉月を襲っちゃダメだぞ☆」などの、とにかく葉月を絡めた文章の数々である。
 他に聞くことないのかよと問いたくなるが、葉月の親友をあまり無碍に扱うのもどうかと思い、「仲良くやってる」「元気」「そんなことするわけない」などと、簡潔ではあるがわりとまめに返信している。少し自分を褒めてやりたい気分だ。
 どうせいま届いたのも「葉月の手料理は美味いか〜?」みたいなメッセージなのだろう。

 軽く嘆息して正面を見ると、葉月が何かを思案しているような面持ちでその箸を止めていた。

「葉月? どうした?」
「……甲洋くんって、最近伊吹と仲良くなったよね」
「え?」

 葉月が少しだけ硬い声音で呟いた台詞に、思わず聞き返してしまう。
 仲が良いか悪いかで言えば……まあ、良くなったのかもしれないが、 一方的に俺がからかわれたり絡まれているだけなので、友達になったかと言われると微妙なところだと思う。

「俺と仲良くなったというよりは……あいつ、葉月が心配なんじゃないかなあ」

 葉月はとても優しくて良い子であることは、学校中の皆が知っていることだろうけれど。
 その親友である香椎は、きっとそれを、誰よりも強く感じているのではないだろうか。
 だからこそ香椎は、そんな葉月が何処の馬の骨とも知らない俺と家族になり、同棲していることを心配し、俺の動きを牽制あるいは観察しようとしているのでは……なんて勝手に考えているのだが。
 
「あいつ……」
「……あの、葉月さん?」

 しかし、俺のそんな推測に葉月が反応を返すことはなかった。
 というより、どちらかというとかなりどうでもいい部分を気にしているように聞こえる。おかしいですね。

「な、なにか怒ってるのか、葉月?」
「あ、ううん……怒ってはいないよ。ごめんね」

 知らないうちに葉月を怒らせていたらどうしよう。
 そう思って問うた俺の言葉を、顔を上げた葉月が手を振り否定する。その表情に負の感情は読み取れない。

「ちょっとね……拗ねてるだけ」
「拗ね……?」

 自嘲げな笑みを浮かべる葉月の姿に、俺は首を傾げることしかできなかった。

「親友の伊吹と、家族の甲洋くんが仲良くしているのは嬉しいの。これは本当だよ」
「うん」
「……でも甲洋くん、学校じゃわたしとは表立って仲良くできないのに……伊吹とは仲良くできるの……なんかズルいなぁって」

 ズルい……のだろうか?
 そもそも学校で俺と香椎はそこまで仲良くしていただろうか?
 自分の言動を思い返してみるも、いまいち仲良くしているという確信は持てなかった。ただ、葉月から見ればそうなのだろう。
 自分の視点と他者からの視点は違うものな。そういうものか。

「……はい。というわけで甲洋くん」

 少し考え込みそうになった俺の思考を現実に戻したのは、ぽん、と葉月が手を叩いた音だった。
 そちらを向くと、花が綻んだような満開の笑みでこちらを見る葉月が映る。

「甲洋くんには……伊吹を構ったのと同じくらい、わたしのことも構う義務があると思いますっ」

 ででーん、と効果音がつきそうなほど自信満々に胸を張る葉月。
 相変わらず彼女が背中を逸らすと、凶悪なバストが視界を占領しそうになるので、ゆっくりと視線は外しておく。

 そして、葉月が言い放った言葉をゆっくりと噛み砕き……俺は脳裏に疑問符を掲げまくった。
 香椎を構ったのと同じくらい葉月を構う義務ってなんだろう……?
 
「友達は大事だよね。うん。……でもね、妹も大事だと思わないかな?」
「え……?」
「ここにおあつらえ向きに晩御飯があるよね。ありがたく使わせてもらおうと思います」

 にこっと笑った葉月の笑みはいつもと変わらず魅力的なのだが、そこに若干の邪気というか、何か良からぬものを感じてしまう。
 おかしいな……さっきまではただただ純粋な葉月の笑顔がそこにあったはずなのに……今はなぜこんなことに?

「それじゃあ……」
「ん……?」

 言いながら、葉月が右手に握った箸で唐揚げの一つを摘んだ。
 この流れで唐揚げを食べるのだろうか? そんな危機感がなさすぎる俺の考えは、次の彼女の言葉に、哀れにも一蹴されてしまった。

「はい、甲洋くん。あーん」

 俺の口元に伸ばされる葉月の腕。差し出される唐揚げ。そして彼女が紡いだ言葉。
 それが意味するところを理解しようと俺の頭は高速で回転を始め……答えを弾き出そうとするのだが。
 まあ、弾き出すも何もそのままだよねこれ。いやいやいやいや、あーんって……。 

「は、葉月!? それは恋人とかがやるやつなんじゃ……!?」
「大丈夫。兄妹がやってもおかしくないよ、お兄ちゃん」

 こともなげに言い放つ葉月は完全に肝が座ってしまっているらしく、なんの動揺も見せはしなかった。
 なんか乱心しているような気がするのは気のせいだろうか。葉月さん大丈夫?
 
「それとも……わたしにあーんってしてもらうのは嫌かなあ……?」

 目を伏せ、声を震わせる葉月。

 女の子にあーん、なんてしてもらうってのは世の男子にとっては垂涎の夢シチュエーションなのだが。
 ちょっと流れが急というか……もっと余韻が欲しいというか……前ぶりが欲しいというか。心の準備がね、必要じゃないかと思うんですよね。
 しかし、悲しげに呟く葉月を前に、そんな言い訳をつらつらと並び立てることが出来るほど、俺は非情にはなれない!

「い、嫌じゃない。むしろ嬉しい」
「やったっ。それじゃあ、あーん、だよっ」

 再び口元へやってくる唐揚げ。もう逃げる気持ちは消え失せている。

 というかよくよく考えれば、あの天空橋葉月が手ずから「あーん」をやってくれるわけで。
 こんな夢のようなシチュエーションが目の前にいきなり転がってきて、それを享受しないなんて真似をしていいものだろうか。
 答えは否。ありがたく、その幸運を全身全霊を持って受け入れさせていただくのが男として当然のあり方というもの。

 ぱくり、と一口で葉月の箸から唐揚げを奪い取り、もぐもぐと咀嚼する。
 うん、我ながら上手く出来ている唐揚げだ。自分で言うのもなんだが美味しい。

「あははっ、ちゃんと食べてくれたね。ありがとう甲洋くん」

 目の前の葉月がとても嬉しそうに笑っているのも、唐揚げの美味しさを数段上のものにしている気がする。

「……いや、俺こそ、なんかありがとう」

 赤く染まっているのを自覚しながら頬をかき、俺は葉月に礼を言う。 
 結構恥ずかしいもんなんだな、「あーん」って。
 いい経験をさせてもらいました。……それに、これで葉月の機嫌が良くなるんだったらwin-winだし。

 そんなことを考えていると、葉月が何かを期待したような瞳でこちらを見ているのに気がついた。

「ねえ、甲洋くん」
「なに?」
「なにって……次は甲洋くんの番じゃない?」

 ……。
 …………。

 ……………………え?


「――わたしにも食べさせてくれるよね、甲洋くん?」


 小さく首を傾げて微笑んで見せた葉月の表情は、とても蠱惑的で、抗いがたい魅力を放っていて。
 俺は、葉月の要望を聞き入れざるを得ないのだと即座に悟ったのであった……。
13:お兄ちゃんって呼んであげようか?
「うーん……」

 始業前の教室。自席に腰を下ろした俺は、腕を組み、机の上に置かれたとあるモノを穴が開くほど見つめていた。
 傍らに立つ榛名が呆れたような雰囲気を纏った視線を向けてきたのがわかったが、正直言ってそれどころではない。

 俺の机の上に置かれているのは、橙色の封筒だった。
「月守甲洋様」としっかり、間違いなく、俺の名前が書かれているそれを前に、俺はとっぷり考え込んでいる。

 これを見つけたのは今朝の登校時のことだ。
 榛名とたわいのない会話を交わしながら昇降口に向かい、榛名の下駄箱に三通のラブレターを見つけて「相変わらずの人気ですなあ」なんてからかったのち。
 自分の下駄箱にも似たようなこれが入っていたことに気づいたのである。
 当然、今までの意趣返しとばかりに散々榛名にからかわれたが、それはともかく。

「……榛名。これをどう思う」
「どう思うも何もあるか」

 吐き捨てるように呟く榛名は、どうにもはっきりしない俺に苛立っているらしい。
 いや、わかる。気持ちはわかる。俺だって、自分宛に届いた封筒を見つけたにも関わらずとっとと封を開けない男を見たら早く開けろと急かしたくなるだろう。その気持ちには全面的に同意する。

「封筒のあった場所、シチュエーション、総合して結論すればそれはラブレターだよ甲洋」
「ぐ……」

 きっぱり言ってくれる榛名に、思わず言葉が詰まった。
 ああそうとも、その答えを想像していなかったわけではない。
 むしろ、多分ラブレターだろうな、と思っていたくらいだ。
 そんなものを贈られるほど女子と関わりがあるわけでもないから、なぜ、という疑問は残るけれど。

「早く読んだらどうだい? 邪魔だと言うなら僕は席を外すが」

 榛名から諭されるが、どうしてか気分はとても重い。
 この手紙が俺に読まれることを目的として贈られたものであるのは疑いようのない事実なのだから、とっとと開けて中身を拝読するのが人としての誠意だろうということは、理屈ではよくわかっている。

「そう、だよな」

 迷うことなんてないはずなのだが。手紙を読むだけだ。
 思うだけなら簡単で、事実、俺の心は早く読めと声高に叫んでいるんだけれども。


 ――どうしてか、脳裏に葉月の顔が浮かんでしまうのだ。


 もし、俺がこの手紙を貰ったと知ったならば。葉月はいったい何を思うのだろうか。
 家族である俺が、誰かに好意を持ってもらえたことを喜んでくれるのか。あるいは……少し、拗ねたりするのだろうか。

 一瞬、そんなありえない想像をしてしまう。やばいな。俺はいったい何を考えてるんだ。
 馬鹿らしい。俺が誰かから手紙を貰おうがなんだろうが、葉月には関係のないことだ。
 そりゃ家族なんだし多少は気にするかもしれないが、そもそもこの手紙を読む読まないの是非に葉月を引き合いに出す理由がない。

「フ……くくっ、傑作だな甲洋……」
「……なにがおかしい?」
「自覚がないのが一番おかしいよ……くくく」

 何を笑っているんだこいつは。
 俺はこんなに悩んでいるというのに――いや、そもそも何を悩んでいるのか自分でもよくわからないけれども――親友のはずのこいつはただ笑いをこらえきれないと言った風に腹を抱えている。

「よし、それじゃ読むか……」

 まったく。胸中で盛大にため息を吐いてから、俺はようやく決意した。
 どのみち、手紙を見ないわけにはいかないのだからとっとと読ませてもらおう。

 そう。それに、別にこれがラブレターと決まったわけじゃないからな。
 なんとなく言い訳がましいことを思いつつ、封筒の封を切って中身を取り出す。榛名も、俺の手元を覗き込むように顔を寄せてきた。
 二人揃ってそれに視線を向けて、

「…………えーっと、これは」
「ラブレター……ではなかったようだね」

 文章を読み終えたのち、二人言葉を交わす。
 封筒の中にあったのは、『放課後、体育館裏に来て欲しい』という簡単な内容のみが記された便箋だった。

「どう思う?」
「本番は体育館裏ということじゃないのか?」

 何を当たり前のことを、と言わんばかりの榛名。
 本番、という言葉にまあ、普通に考えればそうなるよな。……そうなってしまうのか。

 再び脳裏に葉月の顔がチラついてしまい、俺はもう一度首を振った。
 なぜか、このことはあんまり葉月には知られたくないなと思ってしまう。

「くくく……」

 表情から愉悦が滲み出て止まらない榛名の姿に少し腹が立ったが、やつがラブレターを受け取った時に取った俺の態度もこうだったのかもしれない。軽い自己嫌悪に陥りつつ、俺は再度文面に視線を落とす。

「……おやおや? 何をしているのかなー月守?」
「うわっ!?」

 突如、背後からこちらを窺うような声がかかり、俺は思わず大声を出して跳ね上がってしまった。
 ここ数日で結構耳にすることが多くなったクラスメイトの声だ。こうやって他人を驚かせることが趣味なのではないかと思わせる程度に、最近俺は彼女に驚かされることが多い。
 手に握っていた便箋をブレザーのポケットにねじ込みつつ、俺は声のかかった方へ振り向いた。

「あはは、驚きすぎだって月守。やっほー」
「……お、おはよう……香椎、天空橋」
「うん、おはよう」

 気さくに俺たちに声をかけて来たのは、クラスメイトの香椎(かしい)伊吹(いぶき)。
 その後ろには、「伊吹がごめんね」と言わんばかりに苦笑している葉月がいる。二人揃って登校してきたらしかった。

 香椎伊吹。彼女は、俺にとっての榛名と同じように、葉月の中学時代からの親友だという。
 俺たちと一年生の時は違うクラスだったが、葉月と話すため教室に遊びに来る姿をよく見かけた。

 ポニーテールにまとめたグレージュカラーの髪の毛先をカールさせ、黒い猫目と悪戯好きそうに「にひひ」と歪んだ口元が、まさに気まぐれなネコを思わせる少女だ。グレーのカーディガンの袖を余らせてすっぽり手を包んでいるところもそれっぽい。
 ブラウスの一番上のボタンを開けていたり、小さいながらも両耳にはピアスをつけていたりと、清純派の葉月と並び立っているのが少し不思議な程度にはギャルっぽい子だが、正反対だからこそ気が合うこともあるのだろう。

「柳生もおはよ」
「ああ、おはよう……」
「今日もクールだねえ」

 榛名はそんな香椎が苦手なのか、あまり目を合わせて会話しようとしない。
 けらけらと笑う香椎と、不機嫌そうに眉を顰める榛名がとても対照的だ。
 そんなことを思いながら二人を眺めていると、俺の視線に気がついた香椎がにんまり笑った。

「あららー。そんなに見つめられたら困っちゃうなぁ月守ぃ」

 とても楽しそうに嘯く香椎。

 俺と葉月はともにクラス委員になったため学校においても接点が増えたのだが、それはすなわち、葉月の親友である香椎との接点が増えることにも他ならなかった。ここ数日、俺は香椎から妙にからかわれている。

「こ……月守くん?」 

 と、なぜかいつもより低めの声でこちらを見つめる葉月。
 クラスの綺麗どころ二人の視線を独占していることで、周囲の男子たちの視線が注がれて少し胃が痛い。
 勘弁してくれといった意味を込めて香椎を睨むと、彼女はひらひらと手を振った。

「ごめんごめん、からかっただけ。……それよりさっき何隠したの? 盗撮写真か何か?」
「盗……っ!?」
「んなわけあるかっ」

 香椎はさらに俺へのおちょくりにブーストをかけてきた。さすがにこれは風評被害も甚だしいので必死に否定する。葉月が信じたらどうするんだ。

 というかなんで手紙を隠したのバレてんの? どんだけ目敏いんだよ香椎。
 バレたくないひと筆頭がそばにいるのであんまり話を振って欲しくはないんだけれど。

「こ、月守くん、風紀を乱すものじゃないよね?」
「ああ、それは間違いない。ただ、ちょっと……いろいろあるんだよ……男子にも……」
「そ、そっか……いろいろあるんだ?」

 食いついてくる葉月にそんなことを言って誤魔化す。どうしても、葉月には正直に言えそうにない。

 俺たちのやり取りを眺めていた香椎が「ふぅん?」と頷き曖昧な笑みを浮かべているのが見えた。その笑みの質は榛名がさっき見せたのと同様な気がする。おいなんだよその全てわかってますよーみたいな笑み。やめてくれ香椎。

「……あー、そんなことより、みんな数学の宿題やった?」

 その後、俺の話題逸らしは成功したのか、予鈴が鳴るまで四人でたわいない会話を楽しんだ。
 数名の男子から嫉妬混じりの視線が飛んできてるのはわかったが、とりあえずは気にしないことにする。

 問題は……ポケットに突っ込まれている手紙だ。
 葉月の目に触れられたくなくて隠してしまったが、そもそもなんで葉月に触れられたくないのか。わからない。
そして、それが本当に女子からの告白だった時……俺はどうするのだろう?

 授業中、ずっと考えてみたけれど……答えは出なかった。 



* * *



 放課後。体育館裏。目の前には女子生徒。

 かつて経験したことのあるシチュエーションだが、かつて経験したことがあるゆえに、俺の心はかつてないほどに凪いでいた。
 あるいは、目の前に立つ少女が理由だろうか。いや、どちらかというとその線の方が強いな。
 なんかもう全てが面倒くさくなるというか。ここに至るまでの俺の葛藤はなんだったんだ、みたいな虚無感が押し寄せてくる。

「……俺を呼び出したのは香椎か?」
「そだよん」

 ひらひらと手を振りながら、眼前の少女は口の端を吊り上げ答えた。
 葉月の親友、香椎伊吹。
 手紙にある通り、放課後、鉛を仕込んだかのように重たい足と重い気分のまま体育館裏へと足を運んだら、そこには彼女が立っていたのである。その猫を思わせる姿を視界に捉えた時点で、ずっと張っていた俺の気持ちは抜けた。

「ありがとねー、わざわざ来てもらって。あと告白ではないんだよー」

 香椎が立ってた時点でそうだと思ったけども。
 けらけら笑う彼女の態度に、俺は静かに胸を撫で下ろす。何に安心したのかはうまく口に出せないんだが。

 しかし、そうなるとわざわざ手紙で俺を呼び出した理由がわからない。
 クラス委員はクラスメイトからの個別の相談等にも出来る範囲で対応することが望まれているので、それ絡みの話なのだろうかと考えもしたが、それなら俺より親友の葉月にするだろう。

「告白でもないなら、なんでわざわざあんな手紙を?」
「いやね、出すのが目的というか、確かめたいことがあったっていうか……悩ませて悪かったと思ってるよ。この通り!」

 顔の前で合掌し、香椎がそんなことを言う。
 器用に片目を閉じてウインクして見せるあたり、あんまり悪いと思っていない気がするな。
 というか悩んでたのバレてるんかい。
 
「確かめたいことって?」
「いろいろ。でもまあそれは解決。だからこの話はここでおしまい」

 なんという自分勝手な理論だろうか。
 唯我独尊を地で行く香椎の言動に軽い頭痛を覚えたが、香椎にこれ以上の他意がないというのならば、話を終わりにしても俺にデメリットは何もない。なので頷いた。

「……わかった。気になるところはあるけど、香椎が気まぐれなのはいまに始まったことじゃないしな。忘れる」
「おー、短い付き合いとはいえあたしをよく理解していらっしゃる」
「そりゃどうも。それじゃ俺、はづ……天空橋を待たせてるから行くよ」

 二人の頑張りの甲斐もあって、あれだけ汚かった世界史準備室は十分な清潔さを取り戻したのだ。
 今ごろ葉月は部屋で一人、千葉教諭から渡されたクラス委員の仕事に勤しんでいるに違いない。早いところ合流して手伝わなければ。
 そう考えて踵を返した俺の背中に、香椎の声がかかる。

「天空橋ねえ……あたしの前では葉月って呼んでもいいんじゃない? もう家族なんでしょ?」
「えっ」

 俺と葉月の関係、知ってるのかよ! 
 思わず突っ込みそうになったが、俺も榛名に話しているのだから葉月も香椎に話していないわけはないか、と思い直す。

「知ってたのか」
「葉月から聞いたよ。お兄ちゃんって呼んであげようか?」
「香椎にそう呼ばれる義理はないな」

 少し冷たい感じになってしまったが、そう返すと香椎は愉快そうに笑った。やっぱり榛名の笑みとダブる。

「じゃあツッキーにしよ」
「じゃあ、ってなにがじゃあなんだ……」
「ああ、そうそう。あたしのことは伊吹でもブッキーでもいいよん」

 もともとわかっていたことではあったけれども……やっぱり人の話聞かないなこいつ!

「そんじゃ今後ともよろしくね、ツッキー。クラス委員室にも遊びに行くからさ」
「えぇ……来るの……?」

 香椎が来たらロクな事にならない気がする。延々俺に絡んで来て仕事が進まなさそうだ。
 そんな俺の不満げな表情を見てなお、香椎はその笑みをより深いものにする。

「あっははは、葉月と二人きりが良かった?」

 満面の笑みの香椎に、俺は何も返さなかった。
 何かを返してもすぐにからかわれるのがオチだ。

 どうにも厄介なのに絡まれたなぁ、なんて残念な気持ちとともに、俺の放課後は過ぎて行った。
12:これだけは言わせて?
「んじゃそろそろクラス委員を決めるとするか……」

 始業式翌日。午前午後と久方ぶりの通常授業にたっぷりと疲労を溜めた俺たちが辿り着いた帰りのホームルームにて。
 教壇そばの丸椅子に腰掛けた二年B組の担任、千葉教諭のくたびれた掛け声を受け、放課後を迎えられることを期待し弛緩していた教室の雰囲気はにわかに活気づいた。

「本当は昨日決めないといけなかったんだが忘れてた。とりあえず二人。決めないといかん」

 あまり身なりに頓着する性質ではないのか、ぼさぼさの髪の毛や無精髭、よれよれのシャツやスラックスを隠そうともしない千葉教諭は、その外見から想像するに違わぬ適当さ加減を持った台詞を吐く。
 そんな彼へB組の生徒たちが返すのは、「えー」だとか「うそー」だとか「昨日決めなかったからこのクラスにはないもんだと思ってた」など、数々の文句である。

 彼らがそう言いたくなる気持ちも、わからないではなかった。
 入学したての一年生ならばいざ知らず。
 東明高校での一年間を過ごし抜いてきた生徒たちに「クラス委員という係に抱える印象」を問えば、一に面倒、二に面倒、三四はなくて五に面倒と答えるのが大半だろうと思わせるくらいには、とにかく面倒な係なのだ。

 その面倒さの一端には、「ほぼ毎日最終下刻時間近くまで学校に残ることを強制される」というものがある。
 クラス委員は担任教師の助手的な役目を果たすことを期待される係であるため、教師が授業で配布するプリントだとか資料だとかを受け取ったり、何か行事がある時はその準備をするためなどで、頻繁に学校に居残りすることが命じられるわけだ。
 これは……遊びたい盛りの高校生にとってはかなりの苦痛であることは否定しようがない。

 去年、俺たちが中学から進学してきたばかりの出来立てほやほやの高校生だった頃。
 母校の中学校では生徒会長を務めたという男子が自信をもってクラス委員に立候補し、一週間でその心を折られてしまったのは鮮明な記憶として脳裏に焼き付いている。「もうやだ」などと掠れた声で呻いていた彼の姿はあまりにも哀愁を誘ったものだ。

 さて。兎にも角にも、クラス委員は面倒くさい係である。
 その認識は、かつて高校一年生だった俺たちが全員共通して抱いているものと言っても過言ではないわけで。

「はいそれじゃ立候補するやつ。手ぇあげてくれ。…………ってまあ、いるわけねーわな」

 誰も挙手をしない教室を見回した後、嘆息する千葉教諭の言葉が真理だ。
 あの面倒くささを知っていてクラス委員に立候補する生徒がいるとは思えない。

「いやいや、クラス委員ってちょーめんどいじゃん……そら無理だって千葉センセー」

 その明るい雰囲気と物怖じしない性格から、既にクラスの中心人物に踊り出ている山名くんが軽口を叩く。
 彼の発言を皮切りに他の生徒たちも周囲の友人たちと様々に言葉を交わし始めるが、漏れ聞こえてくる声のほとんどは「面倒だ」とか「お前やれよ」「いやお前こそ」みたいな、真剣に考えているようなものではなかった。

「天空橋さんはどう思う?」
「うーん……わたしは……」
「クラス委員なんて超面倒だし、誰か手を上げてくれるのを待つしかないよねー」

 葉月は、その名前の読みから俺の真後ろの席――教室真ん中最後尾の位置に座っている。
 隣の席に座る女子に話しかけられていたが、曖昧に答えを濁しているのが耳に入った。
 
 ――まあ、クラス委員なんて面倒だよなあ……。
 誰かがやってくれるというのなら、任せたくなる気持ちはわかる。

 ちなみに、榛名はどう考えているのだろうと思って窓際最後尾の席に座る姿を見たら、教室内の紛糾には全く興味なさそうな表情で、頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。
 それだけでもやっぱりめちゃくちゃ画になる男だ。隣の女子も見とれている。だけどそれにしたって興味なさすぎるだろお前。

「あーちくしょう。クラス委員がめんどいこたぁわかってんだが、今日中に決めねーと俺も学年主任に叱られちまうんだよ。何ならお前がやるか山名」
「いや、それは横暴っしょ!?」
「だろお? 俺が指名したら絶対そう言われると思ったから立候補を募ってんだよなぁ……」

 二人のやりとりにクラスが笑いに包まれるが、結局クラス委員決定問題は解決していない。

 一番決着が早いのは千葉教諭が無理やり誰か二人を指名することなのだが、それは彼の望むところではないらしい。
 まあ、そりゃそうだ。千葉教諭との関係に禍根を残しかねない。
 とはいえ、千葉教諭が学年主任に今日中にクラス委員を決めろと言われている以上、彼は今日中にクラス委員を決めようとするだろう。
 このままクラス委員が決まらないとなると、ホームルームはそれだけ長引き、俺たちの帰宅が遅れることになる。
 
 事実、教室内にはこのままだと帰れないんじゃないのかという懸念がじんわりと広がり、生徒たちが様子を伺い合うような雰囲気が蔓延しつつあった。このような何とも暗く重い雰囲気は、あまり好ましいものではない。
 
「……クラス委員か」

 実のところ、俺の気持ちはさっさと立候補してしまおうかなという気持ちに傾いていた。

 俺は帰宅部だから、クラス委員の仕事と部活動がブッキングすることはなく、時間の融通は効く。
 電車通学ではなく徒歩通学に切り替わったことも、時間の融通という面で有利に働く。加えて、クラス委員は面倒な係だが、その面倒さの代償に多少の内申点がオマケされるという噂もある。
 
 それに何より、俺が立候補することで、このままズルズルとホームルームを長引かせてクラスの雰囲気を悪くさせることを防げるというのなら、それは悪くない選択のような気がした。
 
 葉月がどう思うかは少し気になったが……もともと学校ではあまり会話をするつもりもないし。
 家に帰れば嫌でも顔を合わせるのだからいいだろう。

「「はい」」

 そう考えて、俺は右手を挙げた。
 俺の声は喧騒の中にしん、と落ちて行き、ざわめきを制したのちにクラスメイトたちの視線を浚う。

 ……。

 …………。

 ……いや、その前に。聞き慣れた声がしましたね。
 持ち主の可憐さを思わせてやまないあの声が。
 そんなことを考えつつ、右手を挙げたまま、ちら、と背後を振り返ると、


「――立候補します。クラス委員」


 ぴしり、と右腕を伸ばした天空橋葉月が薄く微笑んでいた。

「は……天空橋……?」
「……多分ね、こ……月守くんと同じこと考えてたと思う」

 葉月が、小声でそんなことを囁く。
 同じこと、といえば……いっそ手を挙げちまった方が楽になるんじゃないかな、っていう逃げの思想か。
 いや、葉月の場合はみんなが苦しむくらいなら自分も……なんて優しさの塊なんだろうけれど。

「おっ、マジかぁお前ら、助かるわぁ! 自主性は大事!」

 手を挙げた俺たちに対し、千葉教諭は喜色満面。
 クラスメイトたちはクラス委員が決定しそうなことに安堵の色の視線を向けてきたが、「天空橋さんがやるなら……」だとか、「今からでも遅くないかな」とか、色々話し込んでいる奴らもちらほらいるのが見えた。
 ちなみに榛名は全く興味がなさそうに窓の外を見ている。

「センセー! 天空橋ちゃんがやるなら俺もやるわ! いやむしろやらせて!」
「馬鹿野郎、あんまり浅ましい真似をするな山名ぁ」
「えぇ……浅ましいって……」

 びしり、と天を衝く勢いで右手を挙げた山名くんだったが、容赦のない千葉教諭の言葉にへにゃりとその右腕を垂らす。

 そんな二人の会話に、葉月が立候補したとわかった途端に同じく手を挙げようとしていた男子たちも気勢を削がれたらしい。中途半端に宙で止まった腕をすごすごと元の位置に戻す姿が視界の端々に映る。

 現金というか、なんというか……思うところはないわけではなかったけれど、葉月と一緒に仕事ができるならどんな面倒な仕事でもやりたくなる気持ちはわかる。俺だって向こうの立場なら同じく手を挙げようとするかもしれない。

「……よーしまあ、とにかくうちのクラス委員は月守と天空橋に決定。はい拍手ー」

 心中で男子諸君の考えに同意していると、千葉教諭のそんな言葉が降ってくる。
 葉月には惜しみない拍手を。俺には割と多めの感謝と若干の嫉妬が篭ったような拍手を送られながら、その日のホームルームは終わった。



 * * *



「いや、マジでお前らが立候補してくれて助かったわ」

 クラス委員決めのホームルームが終了したのち、俺と葉月は千葉教諭に連れられて放課後の校舎を歩いていた。

「あのまま決まらない方が色々面倒そうでしたし……」
「わたしも同意見だったので……」

 俺の言葉に、隣を歩く葉月も同意する。
 
「なるほど……さすがは兄妹、考えることは同じってか……」
「ちょ、先生」

 いきなり俺と葉月の核心に話を振って来る千葉教諭に驚き足を止めてしまう。
 やはり、教師陣の間では既に俺たちの関係は周知されているのだ。むやみやたらに言いふらさないでいてくれることを切に願う。
 俺の視線が、相当心配そうな色を湛えていたのだろうか。俺の顔を軽く見つめた千葉教諭が口を開いた。

「あー月守、別に俺からは言いふらさねえから安心していいぞ。てか言えねえよ」
「ほ、本当ですか? 俺、結構心配なんですけど……」

 見るからに、というか、クラスでの様子を見ても、千葉教諭はかなり適当だ。
 なんかの拍子にぽろっと俺たちの関係を漏らしかねない気がしてならない。

「生徒の家庭の事情に首突っ込んでもいいことなんてなんもねーもん」
「そ、そうですか……」

 なかなかざっくばらんに語ってくれるその態度には好感を覚えるが、やっぱりどこか適当な印象は否めない。
 だが、それがこの先生の持ち味なのだろう。なんだかんだ言って親しみやすさはある。

「……ところで先生。どこへ向かわれているんですか?」

 俺と千葉教諭の話がひと段落したことを受けて、今まで黙っていた葉月が問いかけた。
 確かにそこは俺も気になっているところだ。クラス委員の二人は俺についてこい、なんて言われて校舎を歩いているのだが、ついに旧校舎にまでさしかかっている。
 
「おー、お前らに部屋をひとつくれてやろうと思ってな」
「部屋を?」
「そう、クラス委員専用の城だ」

 頭に疑問符を浮かべる俺と葉月。
 俺たちの疑問に答える代わりに、千葉教諭はニヤリと悪どく笑ってみせ、とある部屋の前でその歩みを止める。
 棟を跨ぎ、廊下を進み、階段を登って、また廊下を進んで。最後に辿り着いた先は旧校舎二階の端っこ。
 頭上のプレートには、「世界史準備室」の文字が見える。

「クラス委員の君たちにさっそく仕事をあげよう」
「さっきと言ってることちょっとずれてません?」
「いや、お前らに部屋をくれてやることに異存はない……んだが、要は部屋をくれてやるための前準備というかだな」

 言いながら、千葉教諭が世界史準備室の開け放つ。
 扉の向こう、西日が差し込むその部屋の惨状に。俺と葉月は揃って顔を顰めた。

「……先生、なんすかこの汚い部屋は」
「ゴミだらけ……。あ、漫画もある……」
「おう。数年前まで漫研と文芸部が部室代わりに使ってた部屋でな。部員も全員卒業していなくなっちまったから部屋だけこのまんま残ってんだよ」

 残ってんだよ、て。
 明らかに一度も掃除がされてない勢いで埃は積もってるわ、葉月が言うように漫画やら小説やらが転がってるわ、最悪なのはカップラーメンの空容器が転がってるところか。とにかくひどい部屋だった。
 本当に世界史準備室なのか? 千葉教諭はここで世界史の準備してるのか? 疑問が残る。

「で、ここ世界史準備室だから俺の管轄なわけ。さすがに掃除しろって学年主任に怒られてな」
「当然でしょうね」
「でもほら、俺もいろいろ忙しくて時間ないし……クラス委員の君たちに掃除してもらいたいなぁ、と」

 胸の前で指を突き合わせながらそんなことをのたまう三十路独身男子。正直痛々しい。
 隣の葉月も呆れたようななんとも言えない表情を見せていて、それが少し珍しいな、なんてどうでもいい感想を抱く。
 ……今は葉月の表情よりもこの部屋の惨状だよ。クラス委員の最初の仕事がこれか。

「はぁ……」

 千葉教諭に聞こえるようため息をつくと、彼は慌てたように顔の前で手を振った。

「や、待て待て月守、さっきも言ったろ。これはクラス委員のお前らに部屋をくれてやるための前段階なんだよ」
「と言うと?」
「この部屋が俺の管轄ってことは、部屋の使い道は俺の自由ってことだ。……掃除が終わったらここ、クラス委員専用の部屋として使っていいぞ。聞いてびっくり、ガスと水道付き」
「やろうか。こ、月守くん」

 葉月のやる気がすごかった。千葉教諭が言い終わるか言い終わらないかのうちにやる気満々で俺に同意を求めてくる。
 いや、別にいいんですけどね……葉月さんがやる気なら。

「おーそうかやってくれるか! ありがたい! 素晴らしいぞやっぱりお前ら! クラス委員になってくれてサンキュー!」
 
 葉月が乗り気なのをいいことに千葉教諭のテンションもハイになる。
 なんだかこの人に敬意を払うのちょっとばからしくなってきたような気がするぞ……。

「じゃあ俺は仕事に戻るから掃除頼むな! 別に今日中に終わらせろってわけじゃないから!」

 俺が内心でどんどんと評価を下げていることも知らず、そんなことを言って歩き去る千葉教諭。
 結局、人気のない旧校舎の、酷い汚部屋を前に、俺と葉月は二人取り残された形になってしまった。

「やるか……? 葉月?」
「うん、やろ、甲洋くん」

 二人、顔を見合わせ頷きあう。
 しかしこの部屋を前にしてテンションが上がることはまずない。
 汚いし、乱雑だし、汚いし。よくこんな状態で数年間も放っておいたな千葉教諭……。

「……それじゃわたし、ゴミ袋持ってくるね」
「わかった。俺は掃き掃除するわ」

 互いに担当する仕事を分担し、俺たちはそれぞれの持ち場に散った。




「……今日中に終わりそうにない」
「あはは……。でも、千葉先生も一日で終わらせろとは言ってないよ」

 掃けば掃くだけ埃が出てくるような世界史準備室の汚さを前に、俺は呻いた。
 隣でゴミを分別している葉月は苦笑しながらフォローしてくれるが、それはつまり明日以降もこの苦行を続けねばならないということに他ならない。
 クラス委員は面倒な仕事だと理解してはいたが……いやしかし、この部屋の掃除までクラス委員の仕事にされるのは如何なものかと思うのだが。

「……立候補したのは失敗したかな……」
「そう? わたしはそう思わないけどな」

 俺の独り言を聞き咎めた葉月が、その手を止めてぽつりと呟いた。

「きっとみんな、甲洋くんに感謝してると思うよ」
「いいや、みんながそれを言うなら葉月にだろうし……」

 葉月と並び立ってクラス委員になって。手放しで感謝してくれる男子なんて榛名くらいのもんじゃなかろうか。
 ……いや、あいつは別に感謝とかしてないかもしれないけれど。ああいや絶対してないわ。

「……俺は若干恨まれた感が否めない」
「そうかなあ……?」
「ああ……」
「……そうだとしてもね、甲洋くん。これだけは言わせて?」

 そう語る葉月の表情はどこか喜びを湛えたようなもので。
 そんな表情を見せられては、当然の如く俺の視線はその顔に囚われてしまう。
 そしてきっと、彼女がこれから口にする言葉に、俺は心を踊らせるのだろう。
 そんな確信を覚えつつ、俺は葉月の言葉を待って――。


「……学校でも二人きりでいられる場所ができたし……わたしは、嬉しいな……」


 ――はにかみながらそう語る葉月は、やはり反則級の可愛さだなと思った。
11:それがストレスなんだよっ
「なかなか盛況だな」

 校門を抜け、桜の花びらが舞い散る昇降口までの通路を歩いて行くと、生徒たちが群がる一角を視界に捉えた。
 あそこには校内連絡などが張り出される掲示板があるから、新学期のクラス割表が貼り付けられているのだろう。

「一応見にいく?」

 俺たちは葉月からもらったメッセージによって配属クラスがB組であることを既に知っているが、改めて確認しに行くのも悪くない。そう思って榛名に視線で問うと、お好きにと言った具合に両手を上げてきたので、遠慮なくそちらへ足を向けることにする。
 しかしこういう仕草の一つ一つが様になるのだからまったく美形は得だよな。

 掲示板に近づくにつれ、周囲の生徒たちがクラス割の結果を前に様々な声を上げているのが聞こえてくる。

「おんなじクラスだね、悟!」「やったね、恵!」
「ああ、離れちゃったね……」「クラスは別でも絶対遊び行くからね……!」

 喜び抱き合うカップルや、残念そうに肩を叩き合う友人たちの姿が目に映る。多数でいようが一人でいようが、生徒の表情は明るかったり暗かったり様々で、極端な子達を言えば、同じクラスになれなかったからだろうか、泣き合う女子数名もいる。
 確かに、友人同士で楽しくやっていた今までの環境から新しい環境へと強制的に放り込まれるのだから、さぞや不安も大きかろう。
 その点、俺はツイていた。長年の相棒とも言える榛名と同じクラスになれただけでなく、家族である葉月とも同じクラスになれたのだから。

「……甲洋。あれが僕らのクラス割のようだ」
「ああ、あれか……って人が多いな」

 榛名に言われて視線を向けた先。俺たちの配属クラスである二年B組のクラス表の前だけは、妙に人の集まりが多かった。
 まあ、その理由は明白なのだけれども。

「よっしゃあ! 天空橋さんと同じクラスだ!」
「俺は違う……ちくしょう……!」
「ぐぬぬなんと羨ましいやつ……!」
「きさま……きさまぁ……!」

 葉月と同じクラスに配属されたことを喜ぶ男子と、血の涙を流すその他の男子たち。勝利の雄叫びを上げるクラスメイトを前に、周囲の男子が怨嗟の声を上げている姿が見えた。
 極端に口に出しているのは彼らくらいなものだったが、それ以外の男子生徒たちも葉月の割り振られたクラスを気にしていることに変わりはなさそうだ。ちらちらとB組のクラス表に目をやっては、静かに肩を落としたり、嘆息している男子が散見される。
 さすがは学園のアイドル天空橋葉月。その去就は男子生徒諸君の関心を攫っているらしい。

「あっ、天空橋さんと一緒……!」
「やったじゃん!」

 しかも、葉月が人気なのは何も男子たちに限った話ではない。同性の女子からも彼女は人気があった。
 優しく、可愛く、性格も良い。優れた人の周囲には人が集まるということなのだろう。

「……君の現状を説明してやったら、彼らショック死するんじゃないか?」
「若干ありえそうだから困る」

 揶揄する榛名に、俺はため息混じりに返した。
 葉月が人気者であることはもともと知っていたし、なんなら俺だって彼女に憧れていた一人である。
 というか今も憧れているところはあるけれど。
 だからこそ、葉月と同居していることが皆に知れたら怖いなあと思うのだ。本当に。

「……さて、と」

 葉月ファンからの襲撃を受けるなどという背筋が寒くなる想像を振り払いながら、俺は改めて二年B組のクラス表の前に立った。

 二年B組。担任は世界史の千葉(ちば)教諭。確か三十路の独身男性だったか。
 クラス名簿の頭から視線を滑らせて行き、月守甲洋の名前と、その隣に天空橋葉月の名前があることを確認する。
 そして、クラスメイトたちの名前が並ぶ最後尾付近に、柳生榛名の名前があることもしっかりチェック。
 隣に立つ榛名も俺と同じように確認していたようで、自分と俺の名前を発見したのか、その口元にはかすかに笑みを浮かべていた。下手に指摘したら躍起になって否定してくるだろうから何も言わないけれど。

「……あ。アタシ柳生くんと同じクラスだ。やたっ」
「えー嘘ー。私とかわってよー」
「へっへーん、絶対仲良くなっちゃる」

 榛名から視線を外して周囲に意識を傾けると、名も知らぬ女子たちが、榛名と同じクラスになれたか、なれなかったかで一喜一憂しているのを見つけた。
 学園のアイドル(女性版)が葉月なら、学園のアイドル(男性版)はやはり榛名。まあ、榛名の場合は女性人気が強すぎて男子人気は高いとは言えないのだが……言わずが花か。
 人気者だなあ、というからかいを込めて肩を叩いてやると、女子たちの反応を聞いていたのか当の本人は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。

「……とても憂鬱だよ」
「同情するよ。んじゃそろそろ行こうぜ」

 笑いながら榛名を窘めつつ、教室へ向かうことを提案する。
 
 しかし、昇降口で上履きに履き替えて廊下を歩いていると、かなりの確率で女子の視線を集めて久々に居心地の悪い思いをした。
 春休みの間ですっかり忘れていたが、榛名と歩いているといつもこれなのだ。 

「お前の隣にいると女子の視線を集めるよな……」
「今さら逃げようと思うなよ甲洋」
「や、逃げないけどさ……」

 そんな会話を交わしながら俺たちは廊下を進み、やがて一年間お世話になる二年B組の教室に辿り着く。

 廊下に面した入口から教室の様子を伺うと、中は既に軽いお祭り騒ぎ状態にあった。
 その喧騒の中心は誰あろう、葉月である。彼女を中心に据え、男女問わずクラスメイトたちがその周りを取り囲み、葉月に話しかけたり、友人同士の会話に花を咲かせている様が見える。

「はづきんと同じクラスでよかったぁー!」
「わたしもだよー!」
「て、天空橋さんっ、これからよろしくっ!」
「うん、よろしくね!」

 やはり、天空橋葉月は伊達ではない。
 男女の別なく人を集めて。そんな人混みの中にいても、いつもと変わらず笑顔を振りまいて。
 その周囲に笑顔と人が絶えることはないであろう学校の葉月は、俺には少し遠い存在に思えて、少しだけ寂しく感じた。

「天空橋ちゃん! 一緒のクラスだね、めっちゃ嬉しいよ!」
「……よろしく、天空橋」
「よろしくね二人とも。あー、でも、山名くんは女の子みんなに言ってるでしょそれ。軽いなあ」
「な、なんでバレたし……」

 葉月にテンション高く話しかけるのは、いつかモールで見かけた金髪の山名くん。その傍らに立って無骨に挨拶をしたのは、スポーツ刈りの川藤くんか。
 川藤くんには勝手ながらシンパシーを感じているのだが、なるほど、彼らも同じクラスだったようだ。

「天空橋はやはり人気のようだね」
「まあ予想通りだよな……」
「柳生くん!」「あっ柳生!」「榛名くーん!」
「げ……」

 そんなやりとりをしながら教室に入ると、榛名は一気に女子に取り囲まれてしまった。
 かわいそうな気もするが、あいつなら持ち前の塩対応でなんとか切り抜けられるだろう。そう思って榛名は捨て置くことにする。

 俺については、そもそも自分自身表舞台に立つタイプじゃないと自覚しているので、周囲からの無反応について特に気にするほどのこともない。
 ささっと教室内を移動し、自分の席につく。
 教室の喧騒が落ち着くまではスマホでも弄っていようかなと考え、胸ポケットから取り出したスマホの画面に視線を落とすと、前方に人の気配を感じた。

「ん……?」

 ふと視線を上げると、満面の笑みの葉月がいる。
 周囲の生徒からすれば、優しい葉月がクラスメイトに話しかけにいった程度の認識なのだろうが、実態は違う。
 家族に話しかけにきた、が正答である。まあ、誰にも言うつもりなんてないけれど。

「おはようっ、こう……もりくん」

 おいおい誰だよこうもりくん。思わず突っ込みたくなったが、ここは自制する。
 いま完全に俺のことを甲洋と呼ぼうとしたよな葉月。名前で呼び合う期間が長くて完全に口に染み付いてしまったんだろうか。新学期初日から不安になる葉月さんだ。
 まあ、そういう隙のあるところもかわいいんですけどね。そんなことを思いつつ、俺も挨拶を返そうと口を開き、 

「……おはよう、はづっ……くうばし」

 思わず口をついて出てきそうになった「葉月」を、どうにか途中で「天空橋」に軌道修正した。
 あっぶねええええ! 誰だよはづくうばし!
 どうやら俺も名前で呼び合うことに完全に慣れ切ってしまっているらしい。

「ふふっ、また同じクラスだね、こ……月守くん」
「ああ……うん、そうだな。一年間よろしく」
「うんっ!」 

 そう言って笑い返してくれる葉月の笑みが、クラスメイトたちに囲まれていた時のものより輝いているように見えるのは俺の自惚れだろうか。
 いや、きっと自惚れなのだろうとは思うのだけれど。

 もしもそうではないのだとしたら――どれだけ幸せなことだろうか。



 * * * 



 新学期初日は始業式と教科書の配布で終わり、午前中の早い段階で生徒たちは帰宅することになった。
 本格的な授業とかは明日から始まるので、午後は久々の登校で疲れた体を癒すことに使わせてもらおう。

 そんなことを考えながら徒歩で駅前へと戻り、地上五十階の我が家へ帰宅する。

「ただいまー」
「おかえりー……」

 玄関で帰宅を知らせる声を上げると、廊下の向こうから、若干テンションが低めな葉月が姿を現した。
 なんでこんな時間からテンションが低いのだろう? 疑問に思ったので、問うてみる。

「調子でも悪いのか?」
「悪いよ……悪い……」
「え……大丈夫なのか?」

 えらくとぼとぼと歩みを進め、ぼそぼそと呟く葉月はいつもの快活さがなりを潜めていて。本気でその体調が心配になる。
 俺は慌てて靴を脱ぎ、廊下の半ばで立ち止まった葉月のもとへ急いだ。熱があるのだろうか? いや、学校であれだけの人に囲まれていたのだ。細菌かウイルスをもらってしまったのかもしれない。まずは調子を見て、それから医者に行くべきかを決めた方が良さそうだ。
 彼女の真正面に立ち、その様子を確認する。顔色は普通に見えるが……。

「……甲洋くん……」
「な、なんだ?」
「甲洋くん甲洋くん甲洋くん甲洋くんっ!」
「はい!?」

 えっ!? いったいなんで急に俺の名前を連呼し始めたんだ葉月は?

 葉月の意図がわからず俺が固まっている間にも、葉月はひたすらに俺の名前をコールして行く。
 二十回までは数えていたのだが、それ以降はもう数えるのをやめた。可愛らしい葉月の声でこれだけ名前を呼ばれていると、思考回路が狂って行くというか、なんかふわふわ夢心地な気分になってくる。なんだこれ新手の電子ドラッグだろうか?

「甲洋くん甲洋くん甲洋くん……うん、こんなところでいいや……」

 やがて、葉月は満足したのか、甲洋くんコールを止めた。

「なあ、いったい何があったんだ?」
「何って……それは……」

 俺の質問に、葉月はそっと目を伏せる。

「甲洋くんって呼べないことがこんなにストレスだとは思わなかったの……」

 はぁ、とため息をついて肩を落とす葉月に……俺は答える口を持たない。
 いや、なんというか……予想を超えた葉月の言葉に、何を言えばいいかわからないんだけれども。

「ストレス……?」
「そうだよ。学校だと月守くんって呼ばなくちゃいけないでしょう? それがストレスなんだよっ」

 ストレスなんだよっ、て可愛く言われても、その……困る。
 名前で呼び合うのは二人きりの時のみと決めたわけだし……。
 俺が何も言えずに黙っていると、やるせなさを抱えた表情の葉月はふるふると力無く首を振った。

「もう今さら月守くんに戻すのは難しいよ……甲洋くんがいい……」
「ええ……そう言われてもな、天空橋……」
「はーづーきー!」

 さっきまで落ち込んだ様子を見せていたはずなのに、今度は眉を上げ、俺に訂正を求める葉月。
 今のは俺が悪いので素直に謝るけれど、しかし、どうしたものだろうか?

 もちろん、俺だって葉月にストレスを抱えたままで日々を過ごしてもらいたいとは思わない。俺の名前を呼べないのがストレスになることの真偽はともかくとして。

 だが、俺と葉月が名前で呼び合っていたらいらぬ邪推を呼ぶのではないか。果たしてそれは俺の考えすぎなのだろうか。少し考えてみるけれど、答えは出ない。

「こうなったら……合法的に名前で呼び合う方法を探すしか……」

 ぶつぶつと何をか呟く葉月の言葉は、あえて聞かないふりをした。
10:不意打ちはダメ!
「……ようくん。起きて。甲洋くん」

 柔らかくて、透き通るような。美しい小鳥のさえずりを思わせる可憐な声が耳に届く。
 なんだろう。靄がかった頭でとっぷり時間をかけて考えこもうとするけれど、声の主はそれを許してくれないらしかった。
 上方から両腕が伸びてきて、俺の体を覆っていた毛布を剥ぎ取っていく。パジャマ越しとはいえ少し冷えた部屋の外気に晒されて、俺は体を縮み上がらせた。

「う、さむい……」
「寒くても起きなきゃダメだよ甲洋くん。もう」

 俺が文句を言うと、呆れたような声がかかる。あぁ、これ、葉月か。
 完全に開ききっていない瞳を辺りに彷徨わせると、腰に手を当てた葉月の姿が目に入った。ベッドに横たわる俺を見下ろすように、枕元に立っている。
 その身を包むのはいつもの部屋着じゃなくて、紺色の何かだった。なんだろう? 寝ぼけ頭ではよくわからない。 
 まあともかく、今朝の葉月も、
 
「うん……かわいい……」
「かわっ……!? 不意打ちはダメ! はい、起きるっ!」

 ぱんぱん、と俺の目の前で手のひらを打つ葉月。その音に、ようやく俺の意識は覚醒へと向かい始める。
 辺りを再度見回して、状況を確認。自室。ベッドの上。窓からは陽光。傍らに葉月。……なんで葉月?

 いや、なんで葉月!?

「葉月!? なんで俺の部屋に!?」

 俺はベッドから跳ね上がり、いつの間にか自室にやってきていた葉月にそう問いかけた。
 予期せぬ闖入者に、思考が急速にクリアになっていくのを感じる。というか、寝起きの顔を見られた。不覚。
 そりゃ今までも朝に顔を合わせているんだし、寝起きの顔を見られてはいるけれど。
 今朝のこれは、完全に寝ぼけているところを見られたよな? うわ、恥ずかしい……。

 そんな複雑な男心を抱えている俺に、可愛く葉月が一言。

「甲洋くんが起きてこないから、起こそうと思ったの。今日から学校なのは覚えてるよね?」
「あ、はい……」

 言われて、枕元のスマホを確認した。六時半のアラームを消した痕跡と、四月六日、朝七時の表示が液晶上に踊る。
 アラームを設定していたのに二度寝するとは、不覚。今日から高校二年生に進級し、俺も先輩になるというのに。

「甲洋くん、夜更かししたの?」
「ああ、漫画を読んでたら止まらなくなって……」

 床に放り投げられている漫画の山を目線で示す。
 ふと読み返したくなったら止まらなくなり、日が変わるくらいまで起きていたのだ。

「読むのはいいけど、ちゃんと自制しなきゃだよ?」

 もう、と可愛らしく注意をくれる葉月に、俺は改めて視線を向けた。 

 上半身を包むのは濃紺のブレザー。例によって胸元には圧倒的な獣を飼っている。
 対して腰下は青いチェック柄のプリーツスカートがガードを固め、すらりと伸びる脚を黒のニーハイソックスで覆っていた。チラリと覗く白い絶対領域の視線吸引力は、胸元のモンスターに負けずとも劣らない。
 校則で定められた制服の中、唯一独自性を出すことが認められている胸元のリボンタイは、葉月によく似合う水色だ。爽やかな雰囲気が彼女に実によく似合っている。……例の事件を連想してしまうのは致し方ないことだと思いたい。

 朝、ホームルームが始まる前の喧騒に塗れた教室。放課後、人数少なく、暁光が差し込む教室。友人との談笑を楽しむ食堂。男子生徒と二人きりの体育館裏。
 いま、彼女は俺の部屋に立っているだけなのに。その制服姿を一目見るだけで、学生生活の中、いろいろな表情を見せる葉月を幻視することができる。

 去年一年の間同じクラスだったし、見慣れた姿だと思っていたはずなんだけれど。
 さすがは学園のアイドルというべきか……やはり制服がよく似合う。一言で言うと、かわいい。

 制服の可愛らしさを活かして。天空橋葉月という素材も活かして。二つの要素を足して、導き出した答えは二ではなく。二つを足したら百を超えちゃいました、みたいな。眼前の天空橋葉月は、そんな存在と言えよう。

「甲洋くん? どうしたの、固まっちゃって」
「……見惚れていました」

 隠すことはない。葉月は学園のアイドルだ。目を奪われるのは必然だった。

「も、もう……甲洋くんってば。冗談ばっかり言ってる暇があるなら早く準備しなきゃダメだよっ」

 決して冗談ではないのだが、まあいいだろう。
 くるりと踵を返して部屋を出て行った葉月の背に付き従い、俺も登校の準備を整えるべくまずは洗面所へとその足を向けるのだった。



「……つまり、家は別々に出ようということなんだけど」

 顔を洗い、クリーニングから戻ってきたての制服に袖を通したあと。
 リビングで葉月謹製の朝食に舌鼓を打ちながら、俺は対面に座る彼女に向かって言った。
 俺の言葉を受けながらコーヒーの注がれたマグカップを傾けた葉月が、こくっと小さく喉を鳴らしたのち、一言。

「どうして?」
「前も説明した通り。一緒に暮らしているのが露見するのは極力避けるべきだからです」
「うーん……甲洋くんは気にしすぎじゃない?」

 むしろ葉月さんは気にしなさすぎじゃない?
 自分の人気とそれがもたらす様々な影響を考慮しよう?

「でも……甲洋くんがどうしてもと」
「どうしても」
「早いね!? ……わかったよ。とりあえずの間は内緒にするね」
 
 とりあえずの間、という物言いに少し不安を覚えもしたけれど、あんまり強制するのも悪い。
 葉月が頷いてくれたことに感謝の念を述べつつ、俺は葉月が作ってくれたスクランブルエッグを掻き込んだ。

「はぁ……」
「……ん? どうしたんだ葉月。心配事?」

 と、そこでため息をつく葉月。今日から新学期が始まろうというのにどうしたことだろうと思って尋ねると、葉月は目を丸くした。俺の質問がそんなに予想外だったのだろうか。

「心配事もなにも。クラス替えがあるじゃない?」
「あ」
「甲洋くん、忘れてたんだね」

 苦笑する葉月に、俺も苦笑いを返すしかない。すっかり忘れていた。
 我らが東明高校では二学年に進級時にクラス替えが行われる。ひとクラス三十人が合計八組。
 春休みが始まった頃は覚えていたはずだが、すっかり頭から抜け落ちていた。

 クラス替えか。榛名や葉月と一緒のクラスになれたら、きっと楽しいだろうなあ。
 なんたって、高校二年生といえば高校生活で一番多様なイベントが目白押しの一年だ。校外学習や体育祭、文化祭、修学旅行……とにかくたくさんの行事が待っている。

 家に帰れば葉月がいるし、クラスが変わったところで今更榛名とは疎遠になるような関係でもない。
 だけども、一日の大半を共に過ごすクラスルームが彼らと一緒だったら、それはどれだけ楽しいことだろう。

「クラスかあ。葉月も榛名も一緒だといいんだけどな」
「うん、わたしもそう思う。一緒のクラスになれるといいね」

 言って、俺と葉月は顔を見合わせて笑い合った。



 * * *



 互いに登校時間をずらすということで話がまとまったので、俺は葉月が家を出たきっちり十分後に自宅を後にした。

 かつての住まいであるアパートからは電車通学だったが、天空橋家からは徒歩通学になる。うちは駅の近くにそびえ立つタワーマンションゆえ、最寄駅は学校の最寄駅とも同一という恵まれた環境にある。

「もう来てるかな?」
 
 マンションのエントランスを出て、少し歩くと駅前広場だ。
 新年度が始まるということで、多くのサラリーマンや学生たちが行き交うそのスペースの一角に、俺を待つ男がいる。

 濃紺のブレザーとチェック柄のパンツに身を包み、街灯に背を預けて佇むその男。目鼻立ちが整った中性的な美形だ。
 周囲の騒音から逃れるためか両耳にイヤホンをつけ、片手をポケットに突っ込んでいる。アンニュイな表情でスマホの画面の指を走らせるその仕草はとても絵になっていて、まるでドラマや映画のワンシーンを見せつけられているような気がしてくる。
 現に、周囲の高校生たち――特に女子が、熱に浮かされたような視線で奴を見つめていた。

 言うまでもない。我が親友。柳生榛名が俺を待っている。

「おはよう、榛名」

 肩を叩き、榛名の右耳に突っ込まれているイヤホンを無遠慮に引っこ抜く。
 はたから見たら、人を寄せ付けない雰囲気を全力で発する美形にいきなり馴れ馴れしく絡んだように思えるのだろう。周囲の生徒たちがぎょっとしたのがわかったが、これがいつものスタイルなので問題なし。
 
「……やあ。君がそっちから歩いてくるのは不思議な気分だな」
「家があれだからな」

 俺が指で指し示すマンションを見上げ、榛名はほう、と感嘆の声を漏らした。

「招待してもらえる日を楽しみにしているよ」

 榛名であれば否やはない。今のところ、俺と葉月の関係を唯一知る人物であるし、葉月も首を横には振らないだろう。
 また折を見てな、と軽く答えながら榛名の顔を見た俺は、その表情に少しの違和感を感じて首を傾げた。

「うん……?」
「……どうしたんだ、甲洋」

 ……なんというか、覇気がない。
 榛名はもともとテンションが乱高下するようなタイプではないが、それにしたって元気がないように見える。
 遠くから見てるぶんにはいつものこいつなんだろうが、長い付き合いになるとわかるものだ。今日のこいつは元気がない。

 というか一度こうなった榛名を見た記憶があるな。そう思って記憶の引き出しをひっくり返し……あ、そうだ。高校に入学する前もこんな感じだったなこいつ。

 待てよ。入学前。新学期。葉月との会話。俺たちの交友関係。
 今までの共通項や、懸案事項、今朝の会話などを思い出す。……なるほど、点と点が線でつながったような気がする。
 その結果、俺はこみ上げてくる笑みを表情に出さないよう努力する羽目に陥った。

「おい甲洋。君、何をにやけているんだ。不愉快だぞ」
「……いやいや、なるほどね……へぇ……そうかい」
「甲洋。何を考えているのか知らないが。君の思っているようなことは断じてないからな。断じて」

 ムキになって否定するあたり、語るに落ちている。
 あんまり責めてやるのも可哀想なので、これ以上は何も言わないけれど。

「言わぬが花だよな。うんうん」
「……言っておくが僕はだな」
「なに、怖がっててもしゃーない。行こうぜ榛名」

 寂しがり屋(・・・・・)の親友の背中をばしっと叩き、俺は学校の方へと足を向けた。

「まったく……誤解を解いておく必要がありそうだな……いいか甲洋」

 先に歩き出した俺の背に、榛名が声をかけてくる。
 いやいや榛名くん。これ以上口を開いても墓穴を掘ることにしかなりませんぜ。

「どこに笑うところがある? そもそも、僕は昨晩少々寝つきが悪かっただけでだな」
「はいはい……」

 言い訳をつらつらと並び立てる榛名を見ていると、とても大らかな気持ちになれる。
 俺はとても不服そうな榛名に生暖かい視線を返しながら、周囲の学生たちに混じって通学路を歩いて行く。

 そんな中、胸元のポケットから振動を受けて、俺は足を止めた。
 ポケットに差し込んだスマホがメッセージの着信を知らせているのだ。

「着信か」
「ああ。誰だろう?」

 榛名とそんな言葉を交わしつつ、俺はメッセージを開く。 

「……あ」

 そこに書かれた文面と添付写真を目にし、その内容を理解した瞬間。俺は喜びのあまり榛名の肩を叩いていた。きっと、俺はめちゃくちゃニヤけていたことだろう。

「いきなりなんだ!」
「ほれ」

 肩を叩かれ怒りの声を上げる榛名。それを押し留めるため、やつの眼前にスマホを突き出してやる。
 なお文句を言いたそうではあったが、液晶に目をやってから数秒固まった榛名の表情から、徐々に険が取れて行くのがわかった。
 無理もなかろう。そのメッセージには、榛名が心の底から欲しがっていたであろう、最良の結果が載せられているのだから。


 メッセージの送信者は天空橋葉月。本文は「やったね!」と短いものだったが。
 メッセージに添付された二年B組のクラス割写真には確かに、「月守甲洋」と「天空橋葉月」、そして「柳生榛名」の名前が踊っていた。

「……フ……まったく。クラス替えの楽しみを奪われてしまったね」
「素直に喜べ」

 此の期に及んでなお強がりを述べる榛名を軽く小突き、俺はこれから始まる高校二年生の学生生活に思いを馳せた。
 葉月や榛名とともに、心の底から楽しいと思える学生生活を送りたいと、そう強く願う。
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