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飽き性のくせに次々と新しい設定を妄想して楽しむたかのんの自己満足専用ページ。掲示板にてつらつらと妄想語り進行中。『はじめに』を呼んでください。感想もらえると飛んで喜びます。掲示板は一見さんお断りに見えないこともないけれど、基本誰でも書き込みOKです。
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イーベルのとある一日
反省点

・長い間書いていないせいかgdgd
・後半失速気味
・ていうかラストが色々gdgd

 それでも満足。それは自己満足クオリティ。

 主人公は『キリト』君です。
 キリトキリトキリトキリト、こんなんばっか。
――――
「……時間か」 
 狭い、宿の一室。真ん中に据えられた粗末なベッドの上で、イーベルは目を覚ました。
 宿は安っぽく立て付けが悪いのか、隙間風が吹いてくる。風は冷たく、部屋の温度も外気とさして変わらないだろう。
 ベッドを出たイーベルは、すぐ側に置いていた大事なマントを羽織り、窓へと足を向けた。
 申し訳程度につけられているような、ボロボロのカーテンを引く。窓を通して彼女の視界に飛び込んでくるのは暗い世界だ。
 ただでさえこの宿は薄暗い森のすぐ側に建っているというのに、日が出ていない今ではより不気味な感覚を覚える。カラスが鳴き、葉擦れの音が不気味に響く。空は黒い雲に覆われて、辺りには深い霧が立ちこめる。
 一般人ならまず近づかないような、怪しげな景色がそこにはあった。
 しかし、彼女は何ら気には留めない。彼女の暮らす世界は、これより更に不気味だから。
 世の中に出没する魔物を狩り、強大な力を持つ魔族を滅す。
 いつ終わるともわからない、人間と魔族との戦いに身を投じる魔物ハンター。それこそが彼女の正体なのだ。
 彼女は銀の盾と呼ばれる秘密結社に所属していた。彼女は末端の構成員なので、本部から届けられる指令をただただこなしていくのが仕事である。
 今、彼女は短い休暇を楽しんでいた。一週間前に一つの案件が終わり、次の指令――クエストと呼ばれる――が始まるのがちょうど明日から。つまりは今日が休暇最終日。明日からまた、命を賭けた危険な仕事に赴くことになる。
 今日の内に、何か出来ることをしておこう――。
 そう考えたイーベルは、マントを羽織ったままベッドに倒れ込んだ。瞳を閉じ、今日やりたいことを見つけようとする。
 しかし、それは上手く行かなかった。彼女の考え事を邪魔するように、イーベルを懐かしい匂いが包む。
 これは、泣きたくなるくらい優しくて、どうしようもないくらい自分を信じてくれたとある人の、大事な匂い。
「キリト……」
 呟いて、イーベルはぎゅっとマントを握りしめる。マントの元の持ち主である同僚の姿を思い浮かべて、イーベルはしばらくじっとしていた。
 だらしないけど優しくて、ボケているようで凄く強い。魔族の血を覚醒させそうになった自分を、すんでの所で救ってくれた恩人。いや、イーベルにとってはそれ以上の存在か。
 彼のことを考えるだけで、身体の芯が熱くなるような、そんな感覚に囚われる。生まれて初めて感じたこの想いが、恋であると知ったのは結構前のことだ。
 だが、未だその想いをキリトに伝えられてはいない。
 それに、ライバルも多いし――。
 つい弱気なことを考えてしまったイーベルは、慌ててかぶりを振った。
「……折角の最後の休暇なんだ。とことんキリトと過ごそう」
 休暇が終われば長い間キリトと顔を合わせる機会もなくなる。その事が二つの意味で、イーベルを奮い立たせていた。
 今日一日の過ごし方を決めたイーベルは大急ぎで服を着替え、マントを羽織り、背中にはキリト謹製の石弓、クレンクインを背負った。右手には採集した物を入れるカゴも持っている。
 彼女は錬金術を扱うキリトのために、まずはその材料となり得るであろうものを森で拾ってくることに決めたのだ。
 それを手土産に、彼の隠れ家へお邪魔しよう。きっとキリトも喜んでくれる。
 年相応の可愛らしい笑みを浮かべ、イーベルは宿を出た。







 こんな状況になることも、考えていないわけではなかった。
 キリトにすぐ会えるように、彼の隠れ家に近い場所の宿を取ったわけで。
 結果としては喜ばしいことなのだろうか、いやしかし。
「……なんでキリトがいるんだ……。しかもマルチナと二人きりで」
 森に入ったイーベルはすぐに人影を発見した。こんな朝早くから森に潜る人間にまともな人物はいない。自分のことを棚に上げ、クレンクインを構えつつ木陰に隠れた彼女が見たのは、想い人であるキリトと、そのキリトの家で厄介になっている元盗賊の少女マルチナが採集活動を行なっている様であった。
 ここから彼の隠れ家は近いし、彼自身が歩き回って素材を集めることも少なくないのは知っている。
 問題なのは、彼がマルチナと二人きりで採集に訪れているという事だ。
 彼女とはキリトの元で何度も同じクエストに挑んだし、ベルデンの飛行城騒ぎの時も共に戦った仲間である。
 しかし同時に、彼女はキリトを巡るライバルでもあった。とある魔術師に生け贄にされかかった彼女を、キリトが助け出したという話は、銀の盾の連絡員であるリンから聞いていた。
 初めは心を閉ざしていたマルチナも、キリトの優しさに触れるにつれ心を開き同時に恋心も芽生えさせた、というわけらしい。
 何日か前には宣戦布告もされた。『キリトさんは渡さないよ』と。
 軽い冗談なのかと思っていたらそうではないらしい。マルチナの目は本気だ。自分の得意分野でキリトの役に立つことをアピールしている。
「……マルチナに、採集能力で敵うわけもない……」
 何かを見つけては飛び回り、数分の内に様々な素材を見つけてくるマルチナ。イーベルが、その点において彼女に勝る部分はなかった。
「……悲しいけどこの作戦は失敗だな。……お腹も減ったし、何か食材を見つけよう……」
 まだ朝ご飯も食べていない。空腹感と、少しの敗北感から項垂れてその場を離れたイーベルは、はっとして顔を上げた。
 今の台詞を思い出せ。自分にはまだ、いくつか得意なことがあるじゃないか――。
「料理だ。……料理を作ってキリトにご馳走すれば」
 そうと決まれば話は早かった。イーベルは手慣れた風に森で様々な食材を見つけ、ひょいひょいとカゴに放り込んだ。
 ベルデン近くの森で暮らしていた時の経験が役に立っている。マルチナはあまり料理が得意ではないので、この勝負は貰ったも同然だろう。
 今の時間から考えるに、昼食を作ってキリトの隠れ家にお邪魔するのが一番だ。
「待っていてくれキリト。君のために、私が美味しいシチューを作るから」







 完成したシチューの入った手鍋を手に、イーベルはキリトの隠れ家までやって来ていた。
 色のくすんだ木製の扉。そこにつけられていた呼び鈴を鳴らすと、少しの間を置いて返事が聞こえてくる。
 どたばたという足音の後、少し開いた扉からキリトが顔を見せた。
「イーベル。どうしたんだ?」
「キリト。その、昼食を」
「なるほど。ちょうど昼飯にしようとしてたところなんだ。さ、上がって」
「あ、ありがとう」
 笑顔で迎え入れてくれるキリトに笑みを返し、イーベルはキリトの隠れ家に足を踏み入れた。
 作戦は成功だ。キリトが手料理を食べてくれる。出来ることなら、そう、「あーん」とかやってみたかったりもする。
 キリトはどういった反応をするのだろう。恥ずかしがるか、喜ぶか。拒絶は、きっと彼のことだからしない。
 なんだか新婚みたいだな――と一人笑みを漏らしていたイーベルは、居間の床が以前来た時よりも数段汚くなっていることに気がついた。
「キリト、私が前に来て片付けた時より汚くなっているな」
「う……」
 バツが悪そうに、イーベルの前を歩くキリトが目を逸らした。家の床には緑色の粘液やガラクタ、青白く光る金属や挙げ句血濡れの目玉が散乱していた。本棚はその役割を果たすことなく、紫の装丁が施された本や、ベルトでグルグル巻きにされた謎の本が床にうずたかく積まれている。壁には錬成に失敗した武器が突き刺さっているし、これは人が住んで良いような環境ではないな、とイーベルは軽くため息を漏らした。
 だが漏らした嘆息とは裏腹に、彼女の顔は嬉しそうである。
「……また掃除が出来るな」
「え? でも悪いだろ」
「なに、私がしたいだけなんだ。それに……将来のためにも」
 キリトはわかってくれているだろうか、などと期待を込めて見てみたが、意味はなかった。「なんで?」と言いたいのか、首を傾げてこちらを見ている。
「まったく、鈍感だな」
「そうか?」
「そうだよ」
「そっか」
「ああ」
 さながらゴミ屋敷の居間を通り抜けた二人は、その奥にあるもう一つの居間へとやってきた。
 ここは比較的綺麗な部屋で、どうやら隠れ家に住まう住人はこの居間で食事を取るようだ。居間の真ん中に置かれた大きなテーブルの周りに、キリトの同居人三人の姿が見える。
 キリトを先生と慕うカイダとメモリー。そして朝に見たマルチナ。カイダとメモリーは元気よくイーベルに挨拶を返したが、マルチナの声はあまり元気がなかった。
「どうかしたのか、マルチナ?」
「イーベルさん……、あれ」
「あれ?」
 マルチナが指さしたのは、テーブル。その上に並べられている料理の数々。
 暖かい湯気を立てるシチューや、瑞々しい野菜をふんだんに使ったサラダ、上手い具合に焼けている肉、黒パン、高級な飲料として名高い牛乳等々。イーベルは思わず手鍋を取り落としそうになった。
 こんなに美味しそうな料理が並んでいるなんて聞いていない。
「だ、誰が……? まさかキリト? いや、カイダ?」
「違うよ。……私、あんなのに負けた……」
 どよーんと沈んだ目で、マルチナがブツブツと呟く。
 キリトはその隣に座り、嬉しそうに瞳を輝かせた。
「イーベルもタイミングが良かったな。美味しいんだぜ、この料理」
「そうでやんす!」
「早く食べたいワン!」
 食べること専門の三人が、声をそろえて言った。
 この料理の数々に釈然としないままイーベルもキリトの隣に座る。
 これは誰が作ったのか――そう尋ねようとしたところで、居間の奥に設置されたキッチンからにゅっと大きな人影が現われた。
「遅くなった。さぁ、食べよう」
「ロック!?」
 強面の顔に似合わない笑みを浮かべ、姿を見せたロックに、イーベルが驚きの声を上げた。
 最高の傭兵で知られるビスランドの出身で、彼もまた何度か共に戦った経験がある。
 普段は無口で何を考えているのかよくわからない男であったが、こんな一面があったとは。
 イーベルは素直に驚いた。驚いたのだが――。
 それ以上にその格好が驚きであった。禿頭に三角巾を巻いているのは別に構わないが、なぜフリルの着いたエプロンを着用し、そしてその下には何も着ていないのか。大事なところは隠れているが、何か見てはいけない物を見てしまったような気がしてならない。
 今ならば、マルチナの「あんなのに負けた」という言葉の意味もわかる。こんな変態じみた格好の男に料理の腕で負けていれば誰でも落ち込もう。
「……」
「どうかしたのかイーベル。……ああ」
 イーベルの恐ろしいものを見るような視線に気がついたのか、ロックは一人頷き、聞いてもいないのに説明を始めた。
「俺の国ビスランドでは、料理する時はこの服装でなければならない習わしがある。料理に愛情を込めるためらしいぞ」
「それはなにかおかしいぞ!?」
 反射的に叫んでしまったイーベルだが、大声を出し過ぎたことに気付いて縮こまった。
 目の前に座るカイダとメモリーが早く料理を食べたそうにしているのもある。「すまない」と一言謝って、イーベルは手鍋に目をやった。
「さて、食べようか」
「あ、キリト……」
「どうした?」
 美味しそうにロック謹製のシチューを啜るキリトの姿に、イーベルは持っていた手鍋を椅子の下へ潜り込ませた。渡すタイミングはもうどこにもない。
 イーベルは泣く泣く、裸エプロンの変態傭兵が作り上げた料理を口に入れた。



 今までに食べたことがないくらい美味しい料理だったのが腹立たしい。






「食べたでやんすー」
「美味しかったワン」
「……」
 ニコニコとロックの手料理の感想を語り合う子供二人を尻目に、イーベルは一人悩んでいた。
 残念ながら、素材集めでアタック作戦も、手料理作ってアタック作戦も、どちらもマルチナとロックという予想外の闖入者によって失敗してしまった。このままではキリトと大した会話もないまま休日が過ぎ去ってしまう。
 それだけはどうにか避けたい。
「だが他に……私に出来ることはあるだろうか」
 素材集めもダメ、料理もダメ。残るとなれば掃除くらいか。
「そうだ、まだ私には掃除が――」
「さぁメモリー、今日は先生の部屋を掃除するでやんすよ」
「了解だワン!」
「アンタ、この前みたいに光る瞳を食べるんじゃないでやんすよ!」
「わかってるワン!」
「ちょ、ちょっと……」
 掃除でどうにかしようというイーベルの作戦も、失敗に終わった。
 他に何か自分に出来ることはあるか? いや、ない。
「情けないな……。はぁ」
 ため息を吐いてみるも、事態が好転するわけではなく。
 私の休日はこれで終わりか――などと悲しいことを考えていたイーベルであった。
 明日からはまたクエストが始まって、キリトとは長い間会えなくなって、それは凄く寂しくて……。
「って、まだあるじゃないか。私に出来ること」
 最後はもう、クエストで実力を見せるしかない。
「キリト!」
「どうした、イーベル」
「何か受注しているクエストはないのか? 私も一緒に連れて行って欲しいのだけれど」
「クエスト? ああ、あるな」
 キリトのその言葉に、イーベルは内心で歓喜した。
「だけど、イーベルを連れて行くのはあまりオススメできない」
「何故だ?」
「リエーシュに行かなくちゃいけないからさ」
 リエーシュ。その単語に、イーベルは少しだけ表情を曇らせた。
 魔族と人間のハーフであった自分を保存していた古代帝国の遺跡。
 目覚めた時、保護してくれた村人。彼らを殺してしまった己の力。
 リエーシュで経験したこと、思い出したこと。考えれば考えるだけ、不安が胸の内で大きくなっていく。魔族として覚醒しそうになった時以来、リエーシュに立ち寄っていないのもそれが理由だった。
 だけど。
 なにもリエーシュに悪い思い出ばかりがあるわけじゃない。
 キリトととある誓いを立てた事は絶対に忘れるはずがないし、彼の信頼の形であるこのマントを受け取った場所も、リエーシュなのだ。
 言うなれば、思い出の場所。悪い思い出も、良い思い出も眠った場所だ。
 その場所に向かうのには、少しの不安を感じもするが、喜びの感情が溢れてくるのも確かだ。
「……何でもリエーシュに『レッドローズ』とかいう魔族が出たらしい。銀の盾の管理下なのにあっさりと入ってきたそうだ」
「魔族、か。……キリト、私も連れて行ってくれ」
「それは構わないけど、大丈夫か? あそこには――」
「良いんだ、キリト。あの場所には嫌な思い出もある。だけどそれを塗り替えてくれるくらいの、君との……思い出があるから」
「……そっか」
 キリトは照れくさそうに頬を掻き、くるりと身体の向きを変えた。
 まるで赤面しているのを悟られたくないかのような彼の行動に、イーベルは思わず笑みを漏らした。
「あと三十分で出発する」
「わかったよ、キリト」 
 こんな風にキリトと話していられるだけで、本当に幸せだ。
 でも、今よりもっと、ずっと一緒にいたいと考えてしまうのは傲慢なんだろうか――。
 キリトの背中を眺めながら、イーベルはふと、思った。







 リエーシュは、霧の立ちこめる山の麓にある小さな村だ。
 今は誰も住んでいない寂れた村だが、最近になってレッドローズと名乗る謎の魔族が現われたとのことで、キリトは本部から調査の指令を受けていた。
 レッドローズの特徴は何よりその姿。派手なマントと謎のマスクを着用する変態、とのことだ。
 レッドローズからの実害は無いが、リエーシュが銀の盾の管理下にある以上、魔族をそのままのさばらせておくわけにもいかない。
 そのため見つけ次第捕獲、銀の盾本部へ連れ帰ることが義務づけられている。
 リンから手渡された指令書を読みながら、魔族を殺せと言われるよりはよっぽどマシだ、とキリトは笑った。
「私も……そう思う」
「共存できる魔物も必ずいるはずさ。……マルチナ、特に何か無いか?」
 しみじみと呟いたキリトが、先行して道を歩くマルチナに訊いた。彼女はその身軽さを生かし、パーティに危険が及ばないよう、辺りに注意を配り歩いている。キリトとイーベルの後ろでは、ロックが仏頂面で歩いていた。
 裸エプロンを披露した人物とは思えないまでの豹変ぶりに、イーベルは内心で舌を巻く。
(……切り替えの早さは、見習うべきだな……)
 ロックに対する信頼度を少しだけ上げ、イーベルはキリトの横に付き従った。
 リエーシュは、もうすぐだ。







 到着した。忌まわしい過去と、素敵な想い出が眠る場所に。
 このリエーシュはキリトとイーベル、どちらにも関係が深い魔族の少女シズヤが管轄している地区なのだが、件の少女はバカンスにでも出かけているのか不在のようであった。
 そのため普段彼女の力で制御され、銀の盾構成員の訓練に使用される魔物達の姿もなく、リエーシュは物音一つ無い廃村となっている。
「……誰もいそうにない、けど、気を抜くなよ」
 キリトの言葉に、全員が頷く。各々が得意とする武器を手に取り、霧の立ちこめる廃村を進んでいった。
 先頭はロック。二番手にキリトとマルチナが続き、殿をイーベルが務める隊列である。
 細心の注意を払いつつ進む面々だが、そもそも管理者がいないリエーシュに魔物がいようはずもなく、ただただ精神をすり減らすだけの時間が過ぎていった。
「……キリトさん、本当にその、『なんとかローズ』っているの?」
「いる、んじゃないかな……」
 マルチナの訝しげな視線に、キリトが言葉を詰まらせた。
 イーベルもロックも口には出さないものの、内心マルチナと同じ思いを抱いていたことは否めない。
 そもそもシズヤが管轄しているはずのリエーシュに魔族が現われること自体が不可解であり……。
「何か来るぞ! 準備!」
 マルチナに続いて口を開こうとしたイーベルの動きを先制するように、キリトが鋭く指示を出した。
 長い間魔物ハンターを続けている彼の鋭敏な感覚が、何物かの接近を捕らえたのだ。遅れてイーベルもその存在に気付き、クレンクインを霧の奥へと構えた。
 隣のマルチナ、ロックも戦闘態勢に入っている。
「……」 
 眼前の霧。その奥に、黒い人影が揺らめいている。数は一。
 間違いなく、謎の魔族レッドローズと見て良いだろう。
「……キリト」
「……来るぞ」
 一歩一歩、人影がこちらへと近づいてくる。
 引き金に掛けた指に、力がこもった。周りだけ時間が緩やかに流れているような感覚に囚われる。
 敵に対する恐れは全くない。キリトがそこにいるから。
 だが、弱まっているとはいえ、もし自分の能力で彼を危険に晒してしまったら……?
(私は、正気でいられるだろうか……)
 いや、無理だろう。
 だから、そうならないためにも初手で決めるしかない……。
 キリトには殺めないようにと伝えられたが、それでも様々な可能性は残る、だからそれまでに潰すしか……。
「……」
「来るぞ! 構えを解くなよ!」
 キリトが言った。
 既に、目の前の影ははっきりとした形を取っている。
 まるで魔女が身につけるようなとんがり帽子と、長いローブ。まるでシズヤのようだ。
 レッドローズがどんな魔族かはわからないが、人間と同じような格好をしていてもおかしくはない。
「……」
 クレンクインを握る手に力を込めたイーベルであったが……、
「……おっと、あなたたちでしたか」
「え、フランシス?」
「……え?」
「あれー、フランシスだ」
 霧を抜けて現われたのは、これまた同じく何度か共に戦った『魔狩人』ことフランシス・ミネイリその人であった。
 その手に握る武器を下ろしつつ、キリトがフランシスに尋ねる。
「どうしてここに? レッドローズとかいう魔族を見なかったか?」
「ああ、あのお馬鹿さんでしたらとうに捕まえましたよ。今頃本部に送られていますね」
「……あ、そう……」
「って、それは困る!」
「どうしてですか?」
「あ、いや、なんでもない……」
「どうしたんだよイーベル。……やれやれ、とりあえず今日のところは帰るか」
「あ、キリトさん。また今度何かあった時は是非呼んでくださいね」
「ああ。わかった。さあ、ロック、マルチナ、イーベル。帰ろう」



 かくして、イーベル第三の作戦『クエストで頑張る』は失敗に終わった。
 さっきから失敗ばかりである。もうどうしようもないのだろうか。







 リエーシュから隠れ家に戻った一行であったが、既に日は沈み、月が夜空に輝いている時刻となっていた。
 ロックは「傭兵は寝る場所を選ばん」と言い、厩へ。マルチナは「劇の練習」と言ってどこかへ消えた。
 そしてメモリーとカイダが仲睦まじく同じベッドで寝ているこの状況。
 イーベルに残された、キリトとの距離を更に縮めるチャンスは今しかない。
 居間のソファに腰掛けていたイーベルは勢いよく起ち上がり、部屋を漁って調合材料をかき集めているキリトに向かって口を開いた。 
「キリト!」
「ん? どうかした?」
「は、話があるんだ。だ、大事な話だ」
「……ごめん、それは後でで良いかな。少し用事があってね」
「え……、キリト」
「後で必ず聞くから!」
 言い残し、両手に何かの材料を抱えるようにキリトは自室へと駆けていった。
 ばたん、と大きな音を立て扉が閉められる。
「……すごく、大事な話なんだ……。キリト……」 
 小さく呟くが、その言葉はキリトへは届かない。
 イーベルはふらふらとソファへ倒れ込み、僅かに濡れるその瞳を閉じた。
「……」
 魔物ハンターは、『大事な人』『大切な人』を作らないのがごくごく当たり前のことであると認識されている。
 それは何故か。理由は簡単、そんなものは所詮弱点にしかなり得ないからである。
 過酷な戦いを続ける魔物ハンターにとって、弱点は少しでも少ない方が良い。生き残るためなら当然のことだ。
 そもそも、そんな『大事な人』や『大切な人』を人質に取られるなどして、命を落としたハンターの数は少なくない。
 だけど、とイーベルはいつも考える。
 そんな、『大事な人』『大切な人』がいるからこそ、命を賭して戦える者だっているのではないか。
 そういう人がいるから、過酷な戦いにも赴いていけるのではないか。そう、考える。
 所詮は、キリトと結ばれたいと考えている自分の思いを正当化するためだけの方便かも知れない。
 それに自分は人間と魔族のハーフ。どっちつかずな半端物。
 キリトと結ばれたところで、二人に弱点が増えてしまうだけだろう。
 全部、自分の子供じみたわがままだということはわかっている。だけど、それでも――
「――想わずには……いられないから……」
 だから、イーベルは髪を解いた。
 紫色の美しい髪がふわりと広がる。
 彼女は普段、この姿を見せることはない。
 これは、自分のありのままを相手にぶつける時、その時にだけ見せる、本気の姿だ。
 今夜ここで伝えなければ、自分は一生後悔するに違いない。
 キリトに迷惑だと思われてしまっても、嫌われてしまっても、せめてこの想いだけを伝えてから。
「……行こう、キリトの部屋に」







 ノックをしてみるが、返事はなかった。寝ているのだろうか。
 イーベルは今一度覚悟を決め、静かに、キリトの部屋のドアを開けた。
(寝ていない、か)  
 部屋の奥では、こちらに背を向けて錬成に集中するキリトの姿が見える。
 部屋に潜り込んだイーベルは、彼の後ろから声を掛けた。
「キリト。――ごめん、聞いて欲しいことがあるんだ」
「え? イーベル?」
「勝手に部屋に入ったことは謝ろう……。でもその前に、どうしても君に伝えておきたいことが」
「イーベル、まだ帰ってなかったのか……。良かったよ」
「……へ?」
 予期せぬ彼の言葉に、イーベルの動きが止まった。
 ずっと頭の中で纏めていた言葉も、見事に吹き飛んでいったくらいだ。
「早く完成させなきゃと思っててね、やっと出来たんだ……。これさ」
「これ、宝石……?」
 キリトの手に握られた、小さな小さな宝石。
 その色は、まるでその中に吸い込まれていくのではないかと思わせるような、深く、そして美しい紫色。
「そう、宝石。天然にはない色なんだけど、錬成でやっと満足いく色が作れた。イーベルの、髪の色」
「……でも、なんで、これを?」
「お守りだよ。明日から違う指令でここを発つんだろ? その前に渡したかったんだ」
「ぁ……キリト…………」
 キリトは微笑み、その手に握る宝石を、机の上に転がっていた指輪へ嵌めこむ。
「明日から始まる君の任務の成功を願って。そして、君の無事を祈って」
「……あ……」
 イーベルの白く美しい左手を手にとって、キリトは彼女の薬指にその指輪を嵌めた。
 二の句が継げないでいるイーベルを尻目に、キリトは更に言葉を続ける。
「なぁ、イーベル。……必ず無事に帰ってきてくれよ」
「……え、ああ、それはもちろん……」
「君は、俺にとって……大事な人だから。……な?」
「キリト……。うん……、必ず。必ずだ……!」
 気がつかない内に、涙が零れ始めていた。嬉しいのに、涙が止まらない。
 キリトは、自分の事を大事な人だと言ってくれた。
 それが、果たして自分の抱いている想いと同じ意味での大事な人なのか、それとも仲間としての大事な人なのか。
 それは、わからないけれど、それでもだ。
 それでも、彼がそういってくれたことはすごく、すごく嬉しい。
「キリト。私は君が大好きで、大好きでたまらない」
「……え、イーベル、それは、えーと?」
「ふふ……、この指輪、勘違いしても良いのかな……?」


 彼はとことん鈍感だけれど、自分の伝えたいことは、伝えられた。
 色々あった今日だけれど、今までにないくらい素敵な一日だったと、胸を張って言えるだろう。


おわり
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